2003年3月週刊東亜 375号

“大邱惨事 見ているだけではいられない”
第375号 / 2003.03.13

[スポーツ裏話] “大邱惨事 見ているだけではいられない”
サッカースターたち 大邱で‘温情(註:原文通り)シュート!’ 2002年ワールドカップ米国戦でアン・ジョンファンが炸裂させた劇的な同点ゴールを記憶しているだろうか.
トルコと一緒に4強の歓喜を分けることもした、まさにその地, 大邱が地下鉄放火惨事で涙をのんでいる中、熱かった昨年夏を記憶しているワールドカップ戦士たちが先を争って大邱の涙を拭うと出てきた.
‘永遠のリベロ’ホン・ミョンボ(34・LA ギャラクシー)が最も早く、ホン・ミョンボ奨学会の名前で建設交通部を通して500万ウォンの義援金を寄託した.
スペイン現地訓練中のホン・ミョンボは、大邱惨事消息を聞くやいなや韓国に電話をかけてきて、“できるだけ多くの義援金を出したい”と言い、憤りを見せたという.
新世代スター イ・チョンスは、2月27日午後、直接大邱を訪問, 合同焼香所で焼香した後、義援金を寄託した.
オリンピック代表チームと所属チーム蔚山のヨーロッパ現地訓練を消化するために心身が疲れた状態だったが、すぐに駆けつけてきた.
ホン・ミョンボと一緒に韓国サッカーを率いたファン・ソンホンも、義援金を寄託して大邱の痛みを共にした.
アン・ジョンファン(27・清水エスパルス)は、1000万ウォン程の義援金を出す計画だ.
彼にとって大邱は格別な縁がある所だ.
彼は、昨年6月10日、大邱で行われた米国とのD組予選2次戦で、ワールドカップ‘初ゴール’を炸裂させた.
代表チーム合流と脱落を繰り返し、精神的苦労が激しかったアン・ジョンファンは、そのゴールを契機にスランプから抜け出すことができた.
ワールドカップスターのみだけでなく、プロサッカースターたちも惨事の遺族救済に立ち上がった.
今年のシーズン‘年俸キング’シン・テヨン(33・城南イルファ)は、“学窓時期を送った大邱の惨事の消息に接して胸が張リ裂けそうだった”と、300万ウォンの義援金を寄託した.
慶尚北道 ヨンドク郡出身であるシン・テヨンにとって、中・高・大学時期を送った大邱は第2の故郷に値する.
キム・ドフン(33・城南イルファ)もまた、3等当選金(註:原文通り)66万ウォンに34万ウォンを加えた100万ウォンを寄託した.
この他に、全南ドラゴンズも、28日に相助会を通して義援金を集めた.
義援金を寄託したサッカースターたちは、“機会あれば、今年大邱で見事なゲームを披露し、すこしでも憂いを晴らしてさしあげたい”と口を揃えた.
一方、ヒディンク 前代表チーム監督とコエリョ新任監督も、大邱惨事に哀悼を表す文を大韓サッカー協会に送ってきたし、協会ではジョ・チュニョン専務が大邱を訪問し、2000万ウォンの義援金を寄託した.


チェ・ウォンチャン/ グッドデイ新聞 総合スポーツ部 記者 gerrard@hot.co.kr