Vol.0034 '03/08/21

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別れの季節、その2...モダンロックの話と共に。新井さんも...

8月21日

先日もお伝えした通り、元NOIZEGARDEN、オンニネ・イパルグァンのベーシストであったイ・サンムン氏が亡くなられました。

驚きで言葉にならなかった...元々身体が弱い方だったそうだが、何と私と同い年だったのだ。そのこともあってか、それ程深い付き合いではなかったにもかかわらず、悲しみが込み上げてきた。

私はオンニネ時代の彼のプレイを今は無き“CLUB MASTERPLAN”で見ている。安定したベースプレイもさることながら、アンコールでは彼がギターを突然弾きだした。これがまた凄く、泣き泣きのブルースギターを披露...さらにはアンプにギターを擦り付けるお茶目なステージングも!!この後にオンニネは、何故かクライング・ナットの『マルタリジャ』を演奏...大笑いした記憶があります。

この“CLUB MASTERPLAN”というライヴハウス、実に私と縁が深い場所だった。96年に私はその場所で初めてデリスパイスとオンニネ・イパルグァンのメンバーと会い、以来連絡をとるようになっていく。98年にはそのDELISPICEにギターとして暫く参加、セカンド・アルバムの発売記念ライヴをやる。そこでのライヴ観客最高動員数を記録した日でもあった。奇しくもその日のステージではデリスパイスの四人に加え、私とさらにNOIZEGARDENのヴォーカル、パク・ゴン氏とギターのユン・ビョンジュ氏を加えた、正に“DELIGARDEN”的なジャムをやった記憶がある...こうやって書くと、いかにイ・サンムン氏と近かったのが分かっていただけるだろうか。MASTERPLANにしても、イ・サンムン氏にしても...今はもう近づこうとしても、近づけない存在になってしまった...

...さらに思い出すことがある。
せっかく近付けたのに、亡くなってしまった方の事だ。本当に後悔している、今でも...。
パク・チョンギさん...韓国音楽を昔から聴いている方は耳にしたことがある名前ではないだろうか。キム・ワンソンやソバンチャ等、アレンジャーとしてギタリストとして一世風靡した方だ。日本のロックに詳しい方には...“新井清貴さん”といえば、御存じの方もいらっしゃるのではないだろうか。
桑名正博&ティアドロップスのギタリストとして活動していた方である。80年代にチョー・ヨンピル氏のバンドに参加したのをきっかけに韓国で活躍した方なのだ...私も名前だけは聞いていたが、2001年10月の“眞品名品コンサート”にて、彼はチョン・インゴン氏のギタリストとして...私はカン・サネ氏のギタリストとして共演したのだ。打ち上げまでずっと話せずにいたのだが、打ち上げの終盤にキムCがついに私を紹介してくれた。

サングラスをかけた赤い顔が振り向き、私を見た。見るやいなや、日本語で...“あぁ~っ!!やっと会えたねぇ!!...話はいろいろ聞いていたんだけど...うれしいなぁ!”とギュッと私の手を握った。
“大変だろうけど、頑張ろうよ...何か困ったり、色々話したくなったらさ...遠慮はいらないから電話掛けてきなよ!!”と、またもギュッと手を握ってくれた。おひらきになった際、私は“マジでかけますよ、電話!!”と一言。新井さんは“おぅ、ホントホント、掛けてよぅ!!”と手を振って去っていった。それが最後だった。
もちろん、新井さんの携帯番号は今でもメモリーされたままである。

本当に色々な事を思い出した...何だか支離滅裂ですな、文章が。今の感情に逆らわずに書いてしまいました...スミマセン。



 

オンニネ・イパルグァンのセカンド・アルバムです。音に深みがあって、個人的には彼らのアルバムの中で一番好きな作品です...
 

 長谷川陽平

 

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