97年7月 女性東亜
小説家イ・ムンヨル氏 インタビュー /女性観,家族観,妻に対する考え |
小説家イ・ムンヨル氏が最近女性たちの集中砲火を受けている.
自身の13代先祖の祖母をモデルに書いた小説のためだ.
自身の才能を隠し‘家庭’を選択した張氏夫人の生をイ・ムンヨルがこの時代にいまさらのごとく描き出した理由はなんであろうか.
慶尚道出身の保守主義者の彼が持っている本当の女性観,家族観,妻に対する考えなどを直接聞いてみた. 文/チャン・オッキョン 記者 専業主婦でありながら、子供たちをみな育てて、36才の時に中国語の勉強を開始,4年で通訳ガイド国家試験に合格した‘ナガサワ・ノブコ’という日本女性がいた. 短期間で合格したということよりも、主婦が合格したという事実ゆえに、当時日本では話題になったが、新聞は、朝には主婦,昼には病院(ボランティアで働く),夜には中国語’,‘主婦が勝ち取った栄光’というぐあいの題目を付けた. それを見てノブコ氏は‘事実は、主婦であったから可能だった…’という考えなのに、どの新聞記事もその点については言及しない‘真意に反していて笑いを飲み込んだ’こう自叙伝で明らかにしている. 職場女性だけでなく、専業主婦も自分の世界を持つことができると明確に主張する彼女は、主婦という特権を最大限に利用して集中的に勉強をすることができたという. すなわち、手では仕事をしながら、そのかたわら語学テープを聞いて口で演習したということだ. この話を序盤にきりだした理由はこうだ. 社会は、くしくも女性を‘仕事をする女性’と‘家にいる女性’という二種類に組分けしている. 仕事をする女性は自我実現をしていて、家にいる女性は自分の本質を喪失して暮らす女性という等式を成立させている. それで、多くの専業主婦があたかもドーナツのように胸の中に穴が空いたまま生きている. イ・ムンヨル(50)氏は苦しかった時期、貸間で,それも三男の妻ながらも、気難しい姑(2年前 作故)と共に住んで、誠心でに奉養してくれた妻,著作活動に専心できるように2男1女の養育と教育をほとんど引受けた妻,真夜中に友人や後輩を連れてきても、いやな顔ひとつしないで接待してくれた妻を考えれば、いつも有り難った. ところが、何年か前のある日、四十路なかば過ぎの妻が次のような愚痴をならべた時、彼は実に驚いた. “今まで一生懸命に生きてきた私はなんだったんだろう. 目尻に小ジワが増えて、もう若くないということで不安なうえに、家にだけ埋もれて生きてきた私が、この頃の女性たちの目にはバカのように見られているような気もする...” ‘ぼくの作品の3分の1は、妻のものだ’と考えているし、本当にひとりの女性に対しての深い感謝の情を感じているのに、妻の口からでてきた、そのような嘆きの言葉は,彼には衝撃だった. 以後、妻の言葉は彼に中年女性,そして私たちの社会での専業主婦の位相に対して考える契機となった. ‘この頃なされているフェミニズム論理は、あまりに偏っているようだ. 解放された女性に対する夢の理論でも、誇示効果だけが繁盛している今日の世相で、女性の自己実現は家庭を抜け出すことこそにあるのか?果してこれだけ成功した女性に対する生のモデルであるのか?’ 自身の13代祖母をモデルに描いた これに対する疑問から始まったイ・ムンヨル氏の最新作は、作家の13代先祖の祖母の貞夫人 安東 張氏の一代記を素材にして、家庭を選択した女性の話を扱っている. この本でイ・ムンヨル氏は、女性の一生を、少女,妻,母,祖母に区分して、各々の時期の葛藤とその葛藤を克服するための‘選択’の問題を探ってみている. 昨年秋に連載されたものを今年4月にまとめて出版したのだが,1部が連載された後から女性たちの間で論議沸騰の対象になっていたところ、本が出刊された4月 以後には集中的な攻撃の対象になった. “執筆当時、少しは反発があるだろうという予感はしました. 近頃議論されている女性問題とは方向が違うために、多少は拒否感を持つ人もあるだろうと考えましたよ.” だが、このように集中砲火を受けることになるとは知らなかったというイ・ムンヨル氏だ. それで‘反フェミニスト’‘時代錯誤的な男性優越主義者’などと追い込まれることに対して迷惑だというよりは、非常にいぶかしいという表情だ. 自身の本の内容はそんなに叱られるようなことだけではないと話す彼は、そうであるから、近頃このように議論になっていることに対して興奮したまま対抗するような対応はしたくないという. “行われている批判を見ると、はじめから偏見があり、部分的にしか読みたくなかったのでは. 端的に言えば、全く読んでいないか序文程度を読んで攻撃をする感じなんです. 私のメッセージは、女性の意欲を失わせて害をおよぼそうというものではなく,張氏夫人がしたような選択もあるということを描いてみたかった. 真の女性学,真摯なフェミニズムを追求する人々は、この本に対して別段何も言わないです. 批判が果して穏当になされていているか、客観的で中立的に検証してみる必要もあると考えます. 何より批判が理念論争でなく,人身攻撃になっては困りものです.” 論理ではなく、感情だけで今行われている論争に対しては興味がないというのが李氏の態度だ. 一部では‘本を売るためにイ・ムンヨルは多数の意見と対抗する. そういう見方をする. また、イ・ムンヨルの文学戦略だ’というような話になることもある. これまで、作家は4月に出版,現在7刷まで印刷された6月初めまでで17万部が売れたのに、今まで出版された他の著作物と比べれば、そんなにたくさん売れたというほどでもない話す. “テレビは もちろん 10代後半から20代序盤を対象にした雑誌や既婚女性誌を見れば、ある人間として女性に対する人格形成と成長,教育はほとんどないと言っても言い過ぎではありません. 歌手,タレントに関する消息,からだを飾る法,最新流行しかありません. 既婚女性とは、ある男子のパートナーとして公的な役割や,充実した内助者,あるいは良い忠告者というよりは性的な存在である感じです. 本当に女性運動がまともになろうとするなら、逸脱した歪んだ生だけを浮上させることがないでしょう. ある人間として、人格形成,男子の妻,子供のお母さん,祖母につながる母性の拡大にも力を積むべきだと考えます.” 李氏は、女性も人間であるゆえに、女性問題とは男性問題であり、フェミニズムはヒューマニズムを離れることができないとする. 男性を打破しなければならない敵対的な存在と見て、男性に相対的な剥奪感を与えてまでも追求しなければならない幸福と、それを争奪したとしても、果してそれが真の幸福になるといえるかということを彼は疑問点として提示する. 虚無な世の中の唯一の安息処 ‘家族’は最も効果的な制度 世界は多くのことがなされているけれど、人間を除けば話にならない. 人間の世界も、他の人と交わらなければ一人だけの世界は99%無意味だ. 女性という存在は、男性と共に世界を作る人で、男性のパートナーで補完者,協力者だと見る. 男性もやはり女性のパートナーであり、女性の補完者,協力者で、この世界をささえあっているする構成員だというのが彼の男女観だ. 男子も女子も世の中をつくりあげるために捧げる努力と熱情に一定の量がある. これを二人が交わして行かなければならないのに、ここには必ず一方的な像だけがあるのではないか. 家庭とは、誰か一人だけの考えで成立することでなく,夫婦二人の考えで成立するものだ. ふたりの生の方式,事情,状況に合う像を選択して探していくことが重要だ. イ・ムンヨル氏は自身が提示した張氏夫人の生をモデルにして, この土地の女性たちに必ず‘こういう選択だけが最上で最大の価値だ’と強要しないという. 現代になって、価値が切下げられてきている伝統的な女性の生も一つの立派な自己選択だということができるということをこの土地の女性たちに参考に提示して事例を見せたのだと話す. 効率的な側面で見ると、未来社会は男子だけが仕事をしては維持することができないというイ・ムンヨル氏は、能力があって契機が許諾されるならば、女性も社会の第一線で熱心に走ることも望ましいという. 男子が不当に持った既得権に対しては、当然戻すべきだというイ・ムンヨル氏は家父長制を擁護する人がいないけれど、家族制度は擁護すると話す. 人間がどんなに苦闘して生きたとしても長く持って百年余り,誰でも死ぬ. 結局は皆、なにもかも置いてひとりで死を迎える. 有限性,虚無感,孤独感を克服するために宗教,芸術,学問で存在の不滅性に対していろいろ装置をすることもするけれど、限界がある. イ・ムンヨル氏は、人間は一人ではないということを表す最も効果的な制度は家族だという信念である. “人間は本能的に家族指向的だと考えます. ところが、マスコミを見ると、それがないも同じです. ‘嫌ならば離婚しろ’‘家事は奴隷的生だ’というように、多分に解体指向的です. 乱舞するスローガンは人から真に忍耐力をなくさせるのですが,あらゆる人間関係の基本は忍耐に基づくと見ます. どんなに親しい友情も、内容を見れば、お互い耐えて維持する部分が多いです. 私にしてくれただけ君にしてあげるというぐあいの関係ではなく,どちらか片方が耐えてあげて、また他の状況では他の片方が耐えてあげる関係がつながって時間が流れてお互いを理解して信頼するという友情が生まれるのですよ. 合理主義で家族を理解するのは困難なことではないでしょうか.”スーパーマーケットで物を買って、ぼくが買った物の代金はぼくの財布から, 君が買った物の代金は君の財布でということはおしゃれでないというイ・ムンヨル氏. 西欧の物質主義,合理主義がからだを楽にさせる拘束を受けないように作った側面もあるけれど、それで人間が総体的にどんなに幸福になったのかを考えてみることだ. 最近イ・ムンヨル氏は非難もたくさん受けたが、激励の電話もたくさん受けた. 自身の妻のように家庭で生を送った専業主婦らが‘私が誰なのか教えて有難う’という内容だった. イ・ムンヨル氏は大きな声なしで生きている大多数の専業主婦らが自身の本を読んで、揺れる生に慰安を受けて、失敗ではなかったという自負心を持つことを希望する. 彼の妻と息子の嫁は? 結婚後、彼の妻は機会もなかったが、家族を含んで親戚まで取り纒めるべき境遇だったので,外に出て違ったことをしてみようなどと考えることなどはできないまま生きてきた. 家族だけが座って食事をすることはきわめて稀なことで,食卓は常時公的な空間だった. 特に外部で人に会う一般の会社員とは違い、家で作業をする作家の関係で、常時来客が絶えることがなくて、彼の妻は他の主婦よりすることがより一層多いほうだ. “妻が楽しくはその仕事をしなかったでしょう. ところが、長く生きて見ると、悪く言えば慣れて, 良く言えば楽しむようになったということでしょうか. 人々が訪ねてこない日には、妻は‘何故人々が来ないのでしょう’と、それとなく待っています.” いままでのように妻が生きていくのなら、自分は慣れ親しんだ生活であるから便利で良いが,社会活動を願ったとしても受け入れる姿勢になっていると彼は話す. 万一、いままでと同じように妻が生きていこうというのなら、妻の視野を拡大して、家や私たち家族という限定された範囲から抜け出し、社会にも目を向ける開いた生を計画してくれればよい傾向である. 夫婦となって生きてみれば、敢えて話で表現しなくても以心伝心になると思ったのだが. イ・ムンヨル氏の妻パク・ピルスン氏(48)の意中には、子供を独立させた後には疎外された人々を助ける方法を探す計画があるようだ. また、10年以上手芸を続けて、いまは水準級になったパク・ピルスン氏は、いつか一度くらいは作品を集めて展示会を開く考えも持っている. 高等学校1年生の一人娘キヘに対してもイ・ムンヨル氏は娘が男子を克服することよりは調和を作り出して生き抜くことを願う. 自由な人となることよりは、不便でも調和をとる人となることを父として期待する. 軍に服務中の長男ジェウンと大学3学年の次男ジェユが滞りなく結婚をすれば、2名の嫁が新しい家族として合流するようになる. イ・ムンヨル氏は息子の嫁はどんな人にすべきだという基準はない. それは二人の息子と相手の女性の間の選択なので. どんな選択でも、明確な自己理解と同意の下に選択をしたならば、それがかりに不安な選択だったとしても、息子の人生だという立場だ. 今春,京畿道 利川市マジャン面ジャンアム2里で執筆に専念したイ・ムンヨル氏は、ソウルヤンジェ洞のしもた家まで、さる6月中旬引越しをした. 10月末頃には、しもた家のそばに延建坪3百50坪に地上2階,地下1階の建物が一軒できる予定だ. 建物が完工すれば、文学志望者や若い作家等の執筆室に使用するということだ. “一部言論に文学学校として使われると紹介されたのに、まだどのようにするべきか保留中です. 独自の教科課程を揃えた文学学校を開院する場合、私をどれだけ投入しなければならないのか決定ができないためです. 今年の日程を考えてみれば、たぶん当分は適当な作業室がない文学志望者や作家たちの執筆室としてまず活用することになるようです.” さる5月9日から22日までフランスを訪問したイ・ムンヨル氏は映画<シクロ> 監督の‘トゥラン・アン・ホン’と会って、台本の協議をして帰ってきた. 一昨年、フランス政府招請でフランスに行った時に映画を作ろうという提議があったのに、その時はトゥラン・アン・ホンと直接対話をしてはいない. この2月、トゥラン・アン・ホンが来韓して、イ・ムンヨル氏に電話をかけて会おうと要請,直接提議を受けてためらったが、さる4月受諾を した. 映画は原作をそのまま映画化するのではなく,ヒントをもらうものの、事件が展開になると話の枠組は180度変わる. サン・フランシスコ、香港、ミンダナオ、を背景に映画が展開するのだが、トゥラン・アン・ホンの見解は実践神学側ではなく正統神学側側面にフォーカスを合せるようだ. 6月末までに1次分シナリオを譲り渡すようにして、契約条件は6万ドルの契約金に興行収入を一定持分と協議した. 3本を日刊紙に連載しているイ・ムンヨル氏は、その間 月,金曜日に世宗大に講義に行き、それを今回の学期で最後に辞表を出して、現在執筆にだけ専念している. |