99年9月
女性東亜
大学路の少年ギタリスト パク・ジェミン |
"ギターを弾いているだけで涙が出る程 良いんです" □文・チェ・ホヨル(フリーライター) ![]() ----------------------------------------------- 週末の大学路は、常に多様なパフォーマンスがある所だといえる. 放送局の野外録画はもちろん、各種の華麗なイベントが一日中休みなく行われている. それらのうちでも最も人々の視線を集めているのが、マロニエ公園 野外公演場前で開かれる子供ギタリストの小さなコンサートだ. すでに4ケ月目で、週末ごとに続いている、この小さなコンサートの主人公は小学校 5年生のパク・ジェミン君(11). だからと言って、ジェミン君がおもちゃのギターを持って、かわいいしぐさをするのだろうなどと考えれば大きな間違いだ. ジェミン君は既にアマチュア水準を跳び越える、驚くべき演奏実力でおばあさんから同年の友人たちに至るまで、多くの固定ファンを持った‘プロギタリスト(註;原文通り.実際にはデビューしていない)’なのだ. うわさで聞いていたジェミン君のギター演奏を直接聞くために大学路を訪れたのは、鬱陶しい梅雨が終わってさんさんと太陽が明るく顔を出した8月初頭の土曜日だった. 12時頃だっただろうか, 子供がエレクトリック ギターとアンプを持って公園に入ってきた. ジェミン君だった. あちこちから人々が慣れた感じで彼に手を差し出した. ジェミン君は慣れた手並みでアンプにエレクトリックギターを繋いで, 音を調律した後、演奏を始めた. 彼の指先からは、ベンチャーズ‘ギター ツイスト’, スコーピオンズ‘スティル ラビングユー’, シン・ジュンヒョンの ‘ミイン(美人)’などが自然に流れ出た. エレクトリックギターの音がアンプを通じて鳴り響きだすと、即座に野次馬が百余人に増えた. ジェミン君はギターを演奏しながら、自ら興に乗るように足を踏み鳴らし、首を振った. ‘ミイン’を演奏する時は目をとじて自らの演奏に酔い、歌いもした. 曲が終わる度に客席から拍手が自ずから溢れでたのはもちろんだ. ジェミン君の演奏実力は、単純に拍子を合せてギターを弾くのでなく、自分に合うように曲を完全に消化して演奏する, 子供の実力だとは信じ難い水準だった. “ジェミン君を見たくて土曜日にはいつもここに出てきます. ちっぽけな手で演奏をするのが、どうしてこんなに可愛いのでしょうねえ….” 還暦を越えた老夫婦が後ろからジェミン君が演奏する姿を見守っている. 演奏の合間にジェミン君が休む時には、アイスクリームを手渡すおばさんもいれば, 飲み物とアンプに入れる乾電池を買って与える若い女性もいる. 演奏中に一番前の席に座って見守っている会社員カン・サンヒ氏(23)はジェミン君の最も熱烈なファンだ. 彼女は一週も欠かすことなく、週末にはジェミン君を見ようとここにくる. 友人に会うときも約束場所をここにしている程だという. “あの年齢で、あれほどのコードと奏法を駆使するなんて、本当に神童ですよ. ジェミン君の努力する姿が本当に良いですね. 今後も引続きそばで見守るつもりなんです. 力が及ぶかぎり激励したいです.” 週末にきたのに演奏がなければ心配になってそわそわしてしまうという彼女の話のように、ジェミン君はいまや大学路の新しいスターであるわけだ. -------------------------------------------------------------------------- 5歳の時、ギターを聞いて感銘を受けて涙を流したジェミン君 -------------------------------------------------------------------------- 11歳のジェミン君の夢は、取りあえずひとつだ. エリック・クラプトン, ジミー・ペイジ, ゲイリー・ムーア, シン・ジュンヒョンと同じ世界的なギタリストになることだ. それで、彼らが出る公演はいつも録画をして練習する. ジェミン君が初めてギターに触り始めたのは6歳の時. 父 パク・ヨンジュンさん(35)が子供用ギターを買ってあげたことが契機になった. だが、ジェミン君は父の影響で生まれた時からギターと縁があった. 他の人々が情緒発達のために、子供にピアノ曲などのクラシック音楽を聞かせるが、パク・ヨンジュンさんはジェミン君にギター音楽を聞かせた. ジェミン君は乳児の頃からギター音楽と共に過ごしてきたわけだ. “私がギターを好きなんですよ. 18歳の時からギターを弾き始めたのですが, ギターは2級視覚障害者の私にとって唯一の趣味だったのですよ. それで、自然にジェミンにもギター演奏を聞かせてあげるようになったのです.” パク・ヨンジュンさんは、食堂に立つ時、酔ったお客さんが歌を歌うとき伴奏する程度の実力だと謙遜したが、一時はギタリストを夢見た程の実力者だ. それで、今でも時折り彼にギターレッスンを受けたいと尋ねてくる人がある程だ. ジェミン君が5歳の時だった. 偶然にパパが再生したベンチャーズの‘ギター ツイスト’を聞いたジェミン君は、涙があふれ出るのを止められなかった. 幼い彼にその音楽があまりにも良く感じられたためだった. ジェミン君がまた聞きたいと駄々をこねると、パク・ヨンジュンさんがギターで直接演奏をしてくれた. それが契機になって、ジェミン君は自分もギターを弾いてみたいとねだった. パク・ヨンジュンさんの息子への愛は劇的なものだ. しかも、家庭的ではなくていつも酒に溺れていた父を持ったパク・ヨンジュンさんとしては、息子に対する愛が格別にならざるをえなかった. それで、ジェミン君がしたいということはなんでもしてあげたかった. パクさんはジェミン君に子供用ギターを買い与えると、直接演奏を教えはじめた. 初めはゲーム機を持って遊ぶように、何度か持って遊んでやめるだろうと思いながら‘野ウサギ’のような童謡を教えた. ところが、それどころではなかった. ジェミン君は一日中練習して、翌日には誇らし気に演奏してみせて、次の曲を教えてくれと言ったという. そのようにして、ジェミン君が演奏できる曲がますます増えた. 後で、子供があまりにも深くはまりこんでいるために心配になったこともあった. 寝る時にもギターを胸に抱いて寝る程であった. ギター音楽を聞いている途中で、激情に勝てずに泣く日が増えた. それで、一時はギターを取りあげてみたという. “ギターを取りあげたときに、7歳のジェミンが私に言いましたよ. パパは何かを始めたら、その事にプロのように最善を尽くせと言わなかったっけ. 返す言葉がありませんでした.” 事実、パク・ヨンジュンさんの息子教育の哲学は、それひとつであった. それで、ジェミン君が熱帯魚を飼いたいと言った時には、熱帯魚に関する本を買って読みきかせた. 熱帯魚について徹底して知るためであった. たとえ、熱帯魚が死ぬなど、その結果が悪くても最善を尽くして努力する過程それ自体が大切だということを子供に植え付けたかった. パク・ヨンジュンさんは、真剣に“本当にギターが好きなのか”と尋ねた. ジェミン君は“今後、ギターだけを弾きたい”と自信たっぷりに答えた. その時からパクさんは、息子のギター教師になることに決心した. まず、おもちゃのギターではなく、本物の演奏用エレクトリックギターをジェミン君に買ってあげた. お金がなく、パクさんは自分が最も大切にしていたギターを売らなければならなかった. 彼のギター ‘ギブソン’は手製品で、非常に貴重なので、ジェミン君にそのまま譲りたかったが、指が長い黒人達用なので、幼いジェミン君の手には合わなかった. その時から、朝起きればギターを弾いて, 学校に行って帰ってくればギターを弾く猛訓練(ジェミン君は、それが最も楽しい遊びだという)が続いた. ジェミン君の左手の指先は弦を押さえるために石のようにかたくなった. その途中、何度、指に水ぶくれができては破れ、血が流れたのかわからない. それでもジェミン君は指先が固くなって、音が前よりよくなったと喜んだ. “朝起きたら、指先を水に漬けてやわらかくするんです. 真冬には時々ひびが入って出血します. その時ちょっと痛いけど、それほど不便ではありません.” 一度、宿題をしなかったために、先生に手の平を打たれそうになったジェミン君は、手ではなくてをお尻を打ってくれと言った. ギタリストにとって、手は生命と同じだからというジェミン君の話を聞いて、先生は許してくれた. このように、ジェミン君のギターに対する熱情は終わりがない. 夏休みに入った今、ジェミン君の練習時間は一日最小限でも10時間. 朝起きて、ご飯を食べたら、すぐに練習に入っていく程だという. 友人が遊びにきた時も、ジェミン君は話をしながらも手は間違いなくギターの弦を弾く. -------------------------------------------------------------------------- ジェミン君にとって最も大きい罰は、ギターを弾かせないこと -------------------------------------------------------------------------- それのみだけでない. ジェミン君は夜にもギター音楽(主にブルース音楽)を聞きながら寝る. パクさん夫婦が音楽の音のために眠ることができないこともある. まさか消せとは言えなくて、頼むから音を少しだけ小さくしてくれと哀願する程だ. まだ子供なら飽きっぽいはずなのだが、ジェミン君はギターが嫌になることは一年にたったの 1・2 回しかないと断言する. 2ケ月前からは楽園商店街にある楽器店に通ってパク・ジュイル氏から一週間に2度ずつレッスンを受けるようになって、ギターの面白味がより一層増したらしい. “ギターを弾く時は、なんとも言えないほど幸福です.” ジェミン君にとって、最も大きな罰は、まさにギターを弾かせないことだ. 普通の父母ならば、ギターのために学校の勉強がおろそかになると心配するものだろうが、パク・ヨンジュンさんはそのような心配は全くしない. “学校の先生たちが変に思っていますよ. 学期の初めごとに、先生に手紙を送って、ジェミンには他の子供たちよりも宿題を減らしてくれと頼む程だからでしょうね.” なんにしろ、人が全てのことをみな良くすることはできないのであるから、好きな事に最善を尽くせばいいというのがパクさんの信条だ. それで、ジェミン君がギターをよく弾くことに満足だ. ジェミン君も、友人たちが補習学院やテックォンドジム, コンピュータ学院に通うのを一度も羨んだことがない. かと言って、ジェミン君が勉強ができないのだろうと考えれば、それは誤った先入観だ. ジェミン君は塾に通わず, 家でギターを弾くために勉強はもちろん、宿題もしない場合が多いのだが、学校では授業に集中するらしい. 特に、数学を良くする. また、普通の子供達が敬遠する‘私がもし、天使になるならば、どんなことをするか’などというような作文では常に先生の称賛を受ける. 普通の子供たちよりも自己の幅が広いためだ. パク・ヨンジュンさんは目が悪くて本を読む勉強は教えることができないけれど(パクさんはやっと物の輪郭だけが把握できる程度で、目がきわめて悪い)‘林巨正(註;イム・ゴクチョン.李朝時代の義賊)が今生まれれば、果して義賊として評価を受けることができるだろうか’,‘日本文化が開放されれば、どんな問題点があるか’などという問題について、真剣に討論をしてジェミン君の考える力を育てたおかげだ. 実は、今、ジェミン君の家の暮らし向きはとても苦しい. 全財産に借金までして始めたカルビ屋が、昨年IMFの影響で亡びてしまって、三人家族が路頭に迷うはめになった. いまは阿蜆洞の二部屋の貸間にやっと三人家族のネグラを得た. しかも、パク・ヨンジュンさんが肉体労働をすることもできない身体条件なので妻のキムさん(31)が代わりに区役所に公共勤労をしに行く. 生活保護対象家庭に出される補助金7万ウォン余りとママが公共勤労で受けとるお金40余万ウォンでかろうじて生活を送っている. -------------------------------------------------------------------------- 子供にもの乞いをさせているのではないかという誤解もたくさん受けたジェミン君の父母 -------------------------------------------------------------------------- それでも彼らは幸せだ. ギターで家族間に情緒的共感が強く形成されているためだ. もちろん、ジェミン君のママは、初めのうちは子供がギターにはまって勉強をしないことが不満だったこともあったが、いまは学校によく適応していて(ジェミン君は今、学校で最高のスターだ), 周囲でもギターの実力を認めていて満足らしい. ジェミン君が大学路に出てくるようになったのは4ケ月前. もちろん、自らの実力を自慢しようと思って出てきたのではなかった. ただ、安心して練習する空間を探して漂って、そこまで流れてきたのである. “家ではアンプを鳴らすような練習が出来ないですよ. となりに被害が及びますから.” 今でも平日には、隣の家に人がいなければ、アンプを鳴らす練習をするが、まもなく途方もない抗議を受ける. それでアンプを鳴らして練習する時、電話でもかかってくれば、はっと驚くそうだ. 初めは、家から近い公園を訪ねた. だが、すぐにうるさいと警備員に追出されなければならなかった. 汝矣島 漢江 市民公園では練習することを邪魔する人はなかったが、代わりに日陰がなくて、ジェミン君が困った. それで、この大学路が唯一自由で日陰もある所だった. “初めのうちは、とんでもない誤解もたくさん受けました. 子供にもの乞いさせるのか、というのです. その言葉を聞いた時はどれくらい腹が立って悲しかったか.” また、大学路が芸能界関係者が頻繁に訪ねる所なので、目に付くようにショーをしているのではないかという誤解も多くあったという. 実際にいろいろなマネジメント会社から連絡がくることもあった. だが、パク・ヨンジュンさんは、いまは子供をデビューさせる考えが全くないと断言する. “デビューを早くすれば、自分が本当にしたい音楽ができなくなります. いまは子供がしたい音楽だけをするようにするつもりです. 後々まで子供が今の夢を捨てないのならば、その時に考えますよ.” ジェミン君が週末ごとに道に出てくるのは、アンプを鳴らして思いきり練習をしたいというのもあるけれど、何よりも観衆の前で震えない対人性を育てるためだ. ジェミン君は初めて路上公演をした時は非常に恐ろしくてはるかに遠く感じたという. だが、今はもう、正午に家を出て、深夜12時に帰る時までの練習時間が短く感じられるそうだ. “いまは一曲を完壁に弾いた時に感じる快感が良いです. 観覧客たちの拍手の音が力になっているようです.” いつのまにか観客たちの反応を楽しむ、プロとしての余裕を知るようになったのである. そして、週末公演のために、家でより熱心に練習しなければならないというプロ根性も感じるようになったという. ジェミン君は、もはや、常に週末が待ち遠しい. それで、雨が降る週末が最もせつないらしい. 今は、大学路でジェミン君はかなり知られた有名人だ. 激励をする人々も多い. はなはだしきは “君の両肩に韓国の音楽がかかっている”とまでいう人もある程だ. 時間に合せて彼を待つ人も多い. それで、最近は他の所に来てくれと頼まれることもある. けれども、ジェミン君は大学路に出るつもりだ. 今、ここで彼を待つ人々との無言の約束を守りたいためだ. これまで演奏をしてきて、おもしろいことも多かったという. ある日、大学生に見える男子学生がジェミン君にサインを頼んでサインをしてあげたらくれたら、女友達に一言言った. “これは後でお金になる”と. また、地域内バスはもちろん、ときおりタクシーに乗る時にも、運転手がジェミン君を知っていて、料金を受けとらないことも多い. ジェミン君にもっとより大きい舞台に立ってみたくないかと尋ねた. ジェミン君の返事は明瞭だった. “まだ練習を充実させる時ですよ. パパは練習期, 模倣期, 創作期の3段階中の練習期と模倣期を長く経てこそ、良い創作ができると言いました.” 曲が終わる度に慎ましく挨拶をするジェミン君の姿はまだ非常にあどけない子供の姿だったが、最高のギタリストになるという彼の夢は、ギターをしっかりと握りしめている彼の指先程に強靭だと見られた. そして、そのようなジェミン君を見つめる大学路の人々も、ジェミン君が今後商業的成功でなく音楽的に成功することを期待していた. -------------------------------------------------------------------------- Copyright(c) 1999 All rights Reserved. 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