99年11月11日SPORTS SEOUL

[韓日 スーパーゲーム 第4次戦] 一言
[スーパーゲームで会った人] 前 ロッテコーチ ド・ウィチャン

掲載日時 : 11月 11日 

写真:それぞれ第4次戦でホームランを放ったヤン・ジュンヒョク(左)、キム・ドンジュ(右)

[韓日 スーパーゲーム 第4次戦] 一言

▲昨日は民族のために走ったから 今日は国家のために走ってくれ.(キム・インシク監督.
試合前のミーティングで、前日と同様、最善を尽くしてくれと)

▲そのまま打球に当たらないようにしただけですよ.(ジョン・スグン.前日の3次戦で、 6回 1死 1塁からイ・スンヨプのライト前ヒットの時、わざわざスタートを遅く切ったのは、守備を難しくするためのスクリーンプレーではなかったと)

▲ジョンテ, 罰金だぞ.(キム・ミョンソン監督.試合前、パク・ジョンテがジャンバーを忘れてきて、斗山選手のものを借りて着るのを見て)

▲球は大きく見えるのに、ミートしないんです.(イ・スンヨプ.日本の投手の球は威力的ではないが、妙にバットの中心に当たらないと)





--------------------------------------------------------------------------

[スーパーゲームで会った人] 前 ロッテコーチ ド・ウィチャン 

“毎日のように中国語だけを使っているので、韓国語をかなり忘れてしまいました.” 10日
東京ドームで開かれた韓日スーパーゲーム第4次戦にはド・ウィチャン 前ロッテコーチが競技場を訪ねて、キム・インシク イ・フィス監督等、韓国の長い間の友人たちと懐かしく邂逅した.

本名は土井昭介(62).しかし、国内(註:韓国)では‘ド・ウィチャン’という名前でよく知られている.ド・ウィチャンコーチは、台湾プロ野球でコーチの仕事をしていると、自身の近況をたどたどしい韓国語で話した.

さる74年、実業チーム ロッテで、故キム・ドンヨプ監督の下でコーチ生活を始めたことで韓国と初めて縁を結んだ彼は、83〜84年,91〜92年プロチーム ロッテジャイアンツで二度にわたってコーチの仕事をした後、93年、台湾に渡ってプロ野球チームシュンティ(兄弟)とレイコン(雷公)に、それぞれ3年ずつコーチとして身を置いた.

今年でレイコンとの3年契約が終わり、現在は千葉県にある日本宅で球団の再契約可否を待っているという.前日TVで第3次戦を見た結果、自身が韓国にいた時より投手が非常に良くなったと評価.また、ホームラン王 イ・スンヨプは、台湾のメディアも大きく扱う程、台湾でも非常に有名だと伝えた.

彼の韓国に対する郷愁は切ない程だ.韓国を離れた後にも、キム・インシク監督 キム・ヨンフィ監督 ユ・ドヨルコーチ等、国内の知遇たちと随時連絡をとって、国内消息に接してきたという.キム・インシク監督とは、実業チーム ロッテのコーチの時期、キム監督の家に下宿したことがあって、より一層格別のものがある.さる93年、パク・ジョンテが脚を折ったという消息を聞いてすごく心配をしたのだが、今回のスーパーゲームで彼の健康な顔をまた見られて懐かしいことこの上ないという言葉も付け加えた.

彼は韓国の話が出てくると、“今でも行きたい…”と言いながら懐かしさを表した.昨年初め、キム・ヨンフィ前ロッテ監督から、韓国で一緒に仕事をしてみないかという誘いを受けたが、レイコンとの契約が済んでいて、それができなかったのだと、非常に惜しい表情を浮かべた.“いつかは機会がまたくるだろう”という期待と共に.



----------------------------------------------------------------

Copyright (c)1995-1999, 大韓毎日新報社 All rights reserved.
E-Mail: webmaster@seoul.co.kr