車がロスアンジェルスを抜け出すと、フリーウェイはいっそうゆったりしていた.パク・チャンホはいつも運転するのが好きだった.おもしろかった.
法定制限速度の時速65マイル(約110km)を必ず守るというわけではないけれど、かと言って80マイル(約128km)を超えてみたこともない.彼はそういうクルマのなかで過ごす時間が好きだ.
今フェニックスへ行く道のように10余時間程度かかる長距離運転は特に得意だ.
韓国からファンが送ってくれたCDを車体が響く程に大きくかけて、歌を歌っても,英会話テープを押込んで、むやみに舌がねじれるような発音をしても、誰の顔色をうかがうこともなかった.
彼は気が滅入っていても、限りなく広がった閑静な高速道路を65マイルのスピードで運行するように自動速度維持装置(クルーズコントロール)をセットして、いろいろな想念にふける味も、自ら`楽しい孤独'だと呼んでいる.
フェニックスに行けば、韓化イーグルスの教育リーグチームに合流したという、公州高校同期同窓のフン・ウォンギがいて、オ・ジュンソクがいた.ひさしぶりに見る顔だ.
シアトルマリナースのキャンプがあるフェニックスにはまた95年秋リーグから加わった日本人投手マック鈴木がいる.
彼も1年ぶりに再会することになっていて、懐かしさが自ずと沸き上がる.
性格が闊達で、アメリカ的な考え方に適応している鈴木は、秋季リーグ当時、パク・チャンホとルームメートのように過ごした.`辛ラーメン’を共に作って食べる時、涙まで流しながらも、とても美味いからとスープをせがんだ鈴木であった.
韓国式食堂でキムチチゲとカルビ焼きをごちそうすると、食い意地が張ったように食べまくった.
辛い食べ物をこのんで食べる鈴木を見るたびに、パク・チャンホは彼がひょっとすると韓国系ではないかと考えたりした.それほど親近感があった.
鈴木はメジャーリーグに上がらないまま3年目で、マイナーリーグにとどまっていた.
パク・チャンホはせつなさが半分,そして一方では、初めてフルタイムメジャーリーグ生活を送る自身の経験を聞かせたいという自慢の気分まで混ざり、鈴木に会うことが考えだけでも楽しかった.
[続く]
ロスアンゼルス=ファン・ドクジュン
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