99年1月ハンギョレ21 241号 hangyore2198_11_12fr.jpg (5571 バイト)

人の話 :悲運のスター プロの夢 二塁打


“遅まきながら、亡くなった父の恨(ハン)をなだめることができて、なんとも言えないほどうれしいです.”

hangyore99_241_1.jpg (13554 バイト)なんとかプロ野球に帰ってきた‘悲運のスター’ カン・ヒョク(25)が真のスターを約束したが果たせなかった孝行に全力投球すると堅く確かめ合った. 彼は 1月2日、OBベアース球団を訪ねて、プロ復帰を希望する嘆願書に署名した. これで、さる92年9月に在学中に契約金 6千万ウォンでOBと入団契約をしておきながら漢陽大に進学した‘罪’で、93年3月、韓国野球委員会(KB0)から受けた永久除名処分という鎖を6年ぶりに解くことになった.

彼はその間、アマチュアチーム 現代フェニックスに身を置いて、世界選手権等の国際大会で猛活躍し、既にアマ最高打者の地位に上がった. 彼のプロ進出の機会は、昨年、バンコクアジア競技大会を控えて、プロとアマチュア野球のすべて最高の選手で構成された‘ドリームチーム’を構成しながら訪れた. 漢陽大に入学した93年から6年目、アマ代表チーム3番打者を受け持ってきた彼は、ひっぱるだけでなく、流し打ちもうまい強打者として, 特に国際競技で強い体面を保った. バンコクアジア競技大会でも、韓国代表チームの中心打者として活躍して、期待に似合うように優勝を成し遂げた.

彼は、プロから追出される悲しみを受けたが、アマでの大活躍で、野球選手ではまれな年金の恩恵を受けている. 昨年、第33回イタリア世界野球選手権大会で韓国チームを準優勝に導いて年金点数12点を追加して、毎月30万ウォンの年金を確保したのに続き, 今回のバンコク大会優勝で兵役恩恵と共に、年金点数 10点をあげて、毎月40万ウォンずつを受けとるようになった.なかなか解決の糸口を探すのが難しかったプロ進出問題は、最近、朴ヨンオ野球委員会総裁が新しく就任して自然に和らいだ.

永遠にプロの舞台に立てないという, 野球選手としては天刑といえる苛酷な処罰から抜け出すことになった彼の覚悟は明るい. “これからは良いことだけがあるのです. 見事な活躍を期待してください.”

車ハンピル記者/ ハンギョレ 体育部


一つの民族21 1999年 01月 14日 第241号 .

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