2009年9月ハンギョレ21 779号

文化連帯10年, 彼らの長寿の秘訣.

[2009.09.25 第779号] [レッド企画]

大麻・入れ墨・スポーツ 民族主義…文化が2等主題だった時から厳肅主義に染まった韓国社会に‘禁忌を禁止しなさい’と叫ぶ

□シン・ユン・ドンウク ≫

文化連帯10年, 彼らの長寿の秘訣.

写真<ハンギョレ21> ジョン・ヨンイル記者

文化連帯はいくつもの顔を持った.
最近文化連帯が共にした行事だけ見てもそうだ.
文化連帯は8月29日ギターを作るコルト・コルテック解雇労働者と共にするモダンロックフェスティバルを仁川で開いた.
このように労働者と連帯すれば、アイドルスターと関連した討論会も開いた.
8月14日, ソウル フランチェスコ教育会館で主催した ‘東方神起 を通して見る演芸マネジメントシステムの問題と対案摸索討論会’がそれだ.
このように、大衆文化に集中するかと思えば、9月には光化門広場問題を提起して, 宗廟前の高層建物造成計画を批判する記者会見を組織する.


インディ文化から大衆音楽まで

20世紀の社会運動のなかで文化は2等主題だった.
社会が困難で政治が乱れているのに、文化まで見て回る余力がないという論理が力を得ていた.
しかし、世の中は変わり、文化の時代が開いた.
そして、芸術家団体ではなく、日常の文化民主主義を実現するために、文化連帯が誕生した.
韓国社会が過ぎた文化の時代10年は、文化連帯というプリズムを通し, 文化連帯が‘連帯’する人を通して見える.
労働者から‘パスニ(註:追っかけ)’まで, ソウルから僻地まで, 文化連帯が連帯してきた彼らのスペクトラムは広い.
このように縦横無盡に韓国社会を横断してきた文化連帯が、9月18日に創立10周年を迎えた.
このように多様な集団と連帯してきたおかげで ‘〜の間に’ ‘〜から 〜まで’という通渉と融合の文章は文化連帯を説明するのに適合した構造だ.
社会運動とインディ文化の間に文化連帯があった.
永らく大麻は‘ジャンキー’だけの問題であった.
しかし、文化連帯がキム・ブソン, シン・ヘチョル, ジョン・イングォンなどと共に2004年、大麻 非法罪化記者会見にたった.
これは、進歩陣営でさえ厳肅主義に押さえられている韓国社会に投げる燃える話題であった.
文化連帯の不穏な想像力は国家の規制と個人の自由に対する新しい考えを提示した.
たとえ、法が変わってはいないけれど, 動揺することがなかった韓国社会の禁忌ひとつがついに挑戦を受けた.
大麻に続いて、入れ墨が問題になった.
多くの人々がする入れ墨が不法だという事実が目新しかった.
世界的なタトゥーイスト キム・クォンウォン氏が不法入れ墨手術で実刑を受けると、文化連帯などが入れ墨合法化運動にたった.
相変らず入れ墨も不法だが、進展はあった.
2009年3月韓国タトゥー人協会が創立し, タトゥー合法化のための改正法案が用意された.
ナ・ヨン文化連帯活動家は“弘大を中心に起きたインディ文化の流れが背景になったから可能だった運動”と話した.
もちろん、社会運動の中には相変らず“他の重要なことも多いのに…”と馴染まなさを表明する雰囲気もあった.
だが、国家の統制を抜け出した身体の自由は、すでに進歩の常識になった.
文化連帯はそのようにインディ文化の溌刺な精神を社会運動に伝える通路になった.

解雇労働者からアイドルスターのファンまで, 文化連帯が‘連帯’する彼らは一味違う.
まず、2000年代初期を熱した歌謡順位番組廃止運動があった.
文化連帯は音楽評論家などと共に、アイドルスター中心の空中波歌謡順位番組が大衆音楽の多様性を殺すという批判にたった.
ここで思いがけない人々と出会った.
ソテジ, イ・スンファン, godなどのファンクラブ会員たちが歌謡順位番組廃止の趣旨に共感して運動を共にしたのだ.
当時、この運動を繰り広げたイ・ドンヨン文化連帯文化政策センター共同所長は“ファンコミが韓国大衆文化に登場した最初の事例”と話した.
たとえ2000年代後半にひそかに復活になることはあったが, 当時は歌謡順位番組が廃止になる成果も得た.
次いで、文化連帯は演芸企画社と娯楽番組プロデューサー間の広報費(PR)取引もファンコミと共に指摘した.
イ・ドンヨン所長は“<演芸家中継>のような娯楽番組に登場したまれな運動団体が文化連帯”と、笑った.
すでに東方神起のファンたちも所属社と葛藤が炸烈すれば, スターの人権を全面に出す程に当時の影響は現在型だ.

殺す方式を越えて、生かす運動が出た.
2003年ライブ活性化のために< All That LIve > 公演を開いて, 2004年韓国大衆音楽賞授賞式を作った.
韓国大衆音楽賞授賞式は、音楽的評価を中心に置くことで権威を積み重ねた.
もう韓国大衆音楽賞授賞式は文化連帯の行事ではない.
文化連帯から独立した者たちが主催する行事として行われる.
そのように、文化連帯は成果を組織の名前で独占しようとはしなかった.


子供は走って、アジュマはしゃべる村祭りを繰り広げて

≫ 文化連帯は大衆文化から撤去民問題まで、多様な運動をしてきた.

演芸娯楽番組改革を要求するデモ, キム・ブソン氏などが参加した大麻非法罪化記者会見, フランス大使館前で繰り広げた 外奎章閣返還要求集会, 文化芸術である龍山惨事追慕集会, 芸術の自由を侵害するユ・インチョン長官糾弾パフォーマンス(一番上から写真 ハンギョレ クァク・ユンソプ・ハンギョレ21 パク・スンファ・連合・ハンギョレ イ・ジョングン・キム・ミョンジン)
かと言って、華麗な照明だけを追いかけなかった.
文化連帯は2008年ギターを作るコルト・コルテックの労働者と連帯し始めた.
ギターを生産した労働者たちは、永らく黒字を出した会社が突然工場をインドネシアなどに移転し、解雇された.
1年以上孤独に戦ったギター労働者の手を文化連帯が握った.
文化連帯は、2008年9月、ミュージシャンたちと共にコルト・コルテックの問題を知らせるコンサートを開いた.
労働組合と大衆音楽人をつなぐ事件だった.
今でも1ケ月に一回ずつコルト・コルテックのためのコンサートはつながる.
このような努力に基づき、去る9月8日、仁川地方法院でコルト楽器労働者に対する不当解雇判決が出た.
イ・ウォンジェ文化連帯事務処長は“文化連帯が新自由主義の犠牲になった文化労働者たちと直接連帯する意味が大きい”と話した.


文化連帯の‘走る遊び場’は、ソウルから僻地まで走った.


2004〜2007年、5tトラックに装備を積んで文化連帯活動家は全国を縫った.
江原道太白で映画 <女子, ジョンヘ>を上映し, 京畿道平沢では‘平和祝祭-聞き、啼く’を共にした.
特に、夏には装備を積んで僻地ツアーを行った.
時には‘ソヒ’‘シウァ’のようなインディバンドが同行して歌も歌った.
そのように尋ね歩いた文化不毛地が津々浦々100ケ所に達する.
当時全国を廻ったソン・スヨン活動家は“映画上映を越えて子供たちは走り回って, アジュマたちはおしゃべりをやりとりする村祭りになった”と振り返った.
このように、文化連帯が追求してきた文化享有権拡張は現実になった.
ソング活動家は“地域文化祝祭が生まれて落ち着くのに、私たちもすこしは影響をおよぼした”と話した.
一方、文化連帯は創立時から地域文化祝祭活性化のための政策提案をしてきた.
このように走る遊び場, < All That Live >等を通し、積み重ねた大衆音楽人との縁は今年開いた龍山惨事犠牲者のためのコンサートに、ブラックホール, イ・スンファン, イ・サンウンのような歌手たちが参加する契機になった.

文化連帯は文化ゲリラとして出た.
2004年、芸術家たちと共に、工事が中断になったソウル木洞芸術人会館を占拠した.
空いている建物を占拠し、芸術家たちの作業空間として活用する‘スクァ’(Squat)が韓国社会に初めて姿をあらわす瞬間だった.
このように、文化芸術家たちと共にする運動も粘り強く繰り広げた.
美術教師たちと共に対案美術教科書を作ったことのように、文化芸術教育を改革する活動も文化連帯の一つの軸だった.
このような活動は、一部民主政権10年を経て制度に影響をおよぼした.
文化連帯は他の団体と一緒に‘本本本 本を読みましょう’ キャンペーンを繰り広げて, 全国に図書館を建てることも共にした.
文化放送 教養娯楽番組<感嘆符>とともに進行したキャンペーンのように、大衆と共にする事業もあって, スクァのような実定法の枠を跳び越える文化運動も繰り広げた.


ワールドカップ応援と外奎章閣環収運動

文化連帯の腕はスポーツ分野まで伸びた.
時に、国民感情に異議を提起し‘石’を投げられることも恐れなかった.
2002年, 2006年ワールドカップ当時、国民多数が熱狂したワールドカップの雰囲気に異議を提起した.
放送のワールドカップ中継一気処理編成を糾弾して, 集団主義応援文化を批判した.
進んで、文化連帯は大韓サッカー協会改革を促す活動も体育人と共に繰り広げた.
独善的なサッカー行政を批判することはもちろん、ショートトラック代表チームの派閥問題, 学院スポーツの殴打問題まで、文化連帯体育文化委員会は社会運動の不毛地だったスポーツ分野に強力な監視人, 批判者となった.
このような文化連帯が瞬間的に民族主義の雰囲気が強くみえる外奎章閣環収運動も繰り広げた.
文化連帯は、2003年、徳寿宮敷地 米大使館設立反対を始め、清渓川乱開発反対, 韓半島運河反対のような運動を着実に繰り広げた.
このような運動を主導してきたファン・ピョンウ文化連帯文化遺産委員会委員長は“国粋主義の観点で文化遺産を守ろうということではなく、新自由主義開発政策に反対する観点から文化遺産保存運動をしてきた”と話した.
彼は“フランスにある外奎章閣 環収運動のように、国家が守っていない遺産を市民の力で求める意味もある”と付け加えた.
東大門運動場撤去反対運動のように、文化財価値がないと見なされた近代文化遺産に対する認識を変えたことも、文化連帯活動の成果であった.

‘禁忌を禁止する.’ 文化連帯がかなり以前に開催した討論会のテーマであった.
文化連帯は青少年を保護対象とみる青少年保護法, 思想の自由を制約する国家保安法反対にも率先した.
2000年、チャン・ソヌ監督の<嘘>から2009年人権映画祭事前審議問題まで, 文化連帯は表現の自由を制約する映ビ法(映画及びビデオの振興に関する法律)に対する反対運動も繰り広げた.
選挙年齢を18歳に下げる運動を共にしたことで、文化連帯は青少年が社会の主体として立つことを支援した.
今年6月から青少年が直接作るインターネット放送‘角張ったラジオ’を 作ったのも、そのような趣旨だ.
角張ったラジオを共にするジョン・ソヨン文化連帯活動家は“女性のいない女性運動を想像出来ないように, 青少年のいない青少年運動もない”と話した.
ジョン活動家は警察で犯罪心理士として仕事をした独特の履歴を持つ.
2006年、文化連帯が繰り広げたワールドカップキャンペーン‘家に帰った理性を探します’を通し、文化連帯の存在を初めて知って, ヘイリロックフェスティバルに参加して文化連帯の力を感じた.
少年犯たちを担当したが, 公権力の青少年保護論理をとうてい肯定するのは難しかった彼は、文化連帯活動家に変身し、青少年運動を繰り広げている.
このように、以前に運動経験がない活動家たちが文化連帯には少なくない.
彼らの想像力は、むしろ新しい運動を繰り広げる力になった.
大麻・入れ墨のような運動が、そのようにして出てきた.


自らに入れ墨を刻む

文化連帯は市民運動と社会運動の間で二またをかけてきた.
左派の左派と呼ばれる運動から、政府と協力も厭わない柔軟な市民運動まで, 文化連帯を厭わない.
文化連帯が10年の歴史を通して多様な顔を作ったためだ.
この結果として、文化連帯は2005年市民社会団体‘関係性’調査で1位に選抜された.
イ・ウォンジェ事務処長は“文化が生のあちこちに隠れていて、労働から生態までいろいろな団体と接点が多くなるしかない”と話した.
2007年、麻浦に事務室を移した文化連帯は、麻浦区マンウォン洞に位置した‘民衆の家’を通して地域で未来を夢見る.
進歩新党麻浦委員会などと一緒に民衆の家を通して、近所で未来を探す日常の文化政治を呼び起こしている.
そのように、持続可能な文化運動の夢は開始した.
参考までに, 文化連帯活動家は、大部分がからだにひとつずつ入れ墨を彫っている.
入れ墨合法化運動を通して彼らが自ら入れ墨の魅力を発見し, それをからだで実践することに戸惑うことがない.
そのように世の中を変えるだけでなく、自ら変わろうと努力してきたことが文化連帯10周年記念典のタイトルのように‘長寿の秘訣’はでないだろうか.


10周年を迎えて記念行事 イ・サンウンからハン・ミョンスクまで

文化連帯は10周年を迎えて多様な行事を用意した.
9月23日午後3時、ソウル 光化門ミディアクトで文化連帯10周年記念討論会‘文化民主主義と文化社会, それ以後’が開かれる.
文化民主主義, 文化社会は文化連帯が初期から指向してきた運動のキーワードだ.
この日、討論会はウォン・ヨンジン文化連帯執行委員長が司会をして, イ・ドンヨン文化政策センター共同所長が‘文化連帯が夢見てきた‘文化社会’の軌跡:表現の自由から広場の政治まで’を主題に提案をする.
カン・ネヒ共同代表も‘民主主義危機と新しい文化運動のために’というタイトルの提案を通して李明博時代の文化運動に対する悩みと展望を解く.
翌日である24日午後6〜9時には、ソウル鍾路 大韓仏教曹渓宗 韓国仏教歴史文化記念館公演会場で、10周年後援の夜‘いや, すでに! 文化連帯+10’が開かれる.
後援の夜行事には、キム・ミンジョン, トトリジョンシム, ヨン・ヨンソク, キャビネットシングアロングズ 等、文化連帯と永らく共にしてきたミュージシャンたちの公演も繰り広げられる.
それに先立ち、9月13〜22日10周年基金準備展‘長寿の秘訣’は、ソウル 嘉會洞 北村美術館で開かれている.
活動基金準備のために開いた展示会には、1980年代民衆美術活動として作品活動を始めた画家 イム・オクサン氏からフェミニスト写真家 パク・ヨンスク, 若いデザイン集団 AGIまで、美術, 写真, 建築分野の作家30余名が後援のために出した作品が展示される.
歌手イ・サンウン氏が出した写真作品も展示され, ハン・ミョンスク前総理が寄贈したシン・ヨンボク先生の書芸作品もある.
このように多様な作家の面々は、文化連帯が10年間結んだ関係の多様なスペクトラムを見せる.

シン・ユン・ドンウク記者 syuk@hani.co.kr