2008年1月ハンギョレ21 692号

徳寿宮でカルティエの王冠に仕えろ?

2008年01月03日 第692号

徳寿宮でカルティエの王冠に仕えろ?

‘商業展示に利用される公共美術館’非難にも、西洋宝石会社と手を握った国立徳寿宮美術館


□ノ・ヒョンソク記者 nuge@hani.co.kr


千カラットのダイアモンドが打ち込まれた20世紀初頭インドのマハラジャ(王)の首飾り, 愛のために英国王位を捨てたウインザー公が妻シンプソン夫人にプレゼントした宝石の首飾り, 1969年にアポロ11号月着陸記念で飛行士にプレゼントした金の宇宙船模型, 各種宝石ブローチときらびやかな王冠装飾….
言葉だけでも目の前がまぶしくなるようなこの名品は‘王の宝石商’という賛辞の中で世界の主要王家の宝石・貴金属需要を独占してきた世界屈指の宝石会社カルティエの製品だ.

△ 2008年春、世界的な宝石業者カルティエの名品コレクション展示を開くことになる徳寿宮美術館正面(写真/ハンギョレ).左側の写真はカルティエが1914年に製作した名品‘ティアラ’.女性が頭につける小さな王冠状の宝石装飾物だ.


館内学芸員たちが反対したが強行

このカルティエの宝石は、ソウル都心の国立徳寿宮美術館(館長 チェ・ウンジュ)全館をちりばめることになる.
上部機関である国立現代美術館(館長 キム・ユンス)がカルティエ本社との共同企画として宝石名品を披露する‘カルティエの芸術’展を4月22日〜7月13日に開く事を確定したためだ.
国民の税金で運営される国家代表美術館の展示場が西洋宝石会社の販売コレクションを誇示する場所に変わるわけだ.
これまでは国内美術の流行トレンドには別段影響を及ぼすことができなかった国立現代美術館は、当然ありがたくない文化的論議沸騰の中心に立つようになるものと見られる.
その上、今回の展示は2007年初めからの推進過程で館内学芸員たちの反対意見をはね除けて強行してきた事実が表れている.

徳寿宮美術館の1,2階を満たすこの展示は、1860年から1960年までのカルティエ名品コレクションとしてなされるらしい.
スイス・ジュネーブにあるカルティエ本社の名品コレクション宝石が大挙入ってくるのだ.
白金を利用した作品の他に、エジプト,近東,中国,日本の影響を受けた多岐にわたる宝石デザイン作品を展示する.
デザインドローイング, ガラス原版写真, 20世紀初めに宝石細工に使った工具, 作業用の机まで、出品作は数万250点を超えて歴代カルティエの巡回展中でもっとも大きい規模であり、国内宝石展示としても最大規模だ.
展示以外に、講演会, 工房の職人を招聘したマスタークラス(試演行事)も開催する予定という.
カルティエ側はまだ公開しなかったが, 保険額だけでも数千万ドルに達するものと見られる.

△ 千カラットのダイアモンドがついているという過去のインドマハラジャの首飾り.
1928年、インド北部パンジャブ地方のマハラジャが注文、パリで作ったものだという(左側).
1902年、細工した波型の宝石装飾(右側).

美術館側は“カルティエ財団コレクションを通して19世紀末〜20世紀初めのヨーロッパ工芸の特性を注意深くみる展示”と趣旨を説明したが, 展示はどんな修飾を付けようが, 国際的権威を狙った多国籍宝石商の高次元広報販促ステージという本質を避けられない.
2006年、企業式に自体収益事業成果の評価を受ける責任運営機関になって以来、国立現代美術館も結局利潤中心の商業展示の波に賛同する形になったわけだ.
実際にカルティエ側は、既に5年余前から徳寿宮美術館を韓国巡回展の場所として狙い、執拗に企画展示要請をしてきたと美術館側は明らかにした.
その間一貫して拒否方針を通してきたが, 2007年初めに美術館側は共同企画形式でカルティエの展示要請を受け入れることを決定したという.
いぶかしいことは、展示の環境, 作品運搬条件などを相談して展示の仕組みを企画する約定過程から当事者である徳寿宮美術館学芸員が全て抜けていたという点だ.
2007年11月末に締結された展示約定は、館長直属である広報マーケティングチームが設けた展示プロジェクトチームがカルティエ側と直接結ばれたと確認された.
美術館内部の言葉を聞いてみると, 2007年初めの中長期展示企画会議時に管内学芸員たちは“特定業者の商業的意図に利用されかねない”と大多数が反対意見を明らかにし, 一部学芸員は直接館長に“後で困ったことになる”と進言したが、以後は特に議論過程無しで展示が推進されたという.
チェ・ウンジュ館長は“約定過程は手を引いて、関連書類だけの移行を受けて展示企画を推進しろという指示によって、わたしたちは展示企画だけを担当した”としながら“商業性が表れないように出品作をヨーロッパの工芸史跡という脈絡に接近するのに尽力している”と話した.
その反面、展示約定を推進したチェ・ユンジョン広報マーケティングチーム長は“工芸史跡という脈絡で新しく紹介することだけのことはあった展示だという判断で推進したし、学芸室側も推進過程に関与した”と話した.


米・日・中 展示館も品格論議沸騰に包まれて

カルティエは90年代以来、米国ニューヨークのメトロポリタン美術館をはじめ、日本東京の国立博物館, 中国上海美術館など、アジア・北米各地の最高美術館14ケ所でコレクション展を進行した.
その結果、カルティエは会社の権威により一層名望を得たかもしれないが, 展示をした機関は例外無しに品格論議沸騰に包まれた.
東京国立博物館の場合、2005年にカルティエ宝石展を主催しながら博物館の伝統と権威を押し倒したという指弾に苦しめられた.
ニューヨークグーゲンハイム美術館もイタリアファッション巨匠のアルマーニの服の回顧展をしたが、クレンス館長がアルマーニ側から200億ウォンを超える金を寄付金として受けとった事実が一歩遅れて表れて非難されたことは十分知られている.
それらのルティエ巡回展が開かれた外国有名展示場は常設展空間が確保された大型空間なので、カルティエ展示は全展示場の一部の小品展として進行したのだ.
その反面、徳寿宮美術館展示は常設館がなく、全館を全部渡さなければならない.
宝石展示がそれ自体で徳寿宮美術館の顔になるのだ.

△ 1923年に製作した宝石置き時計(左側).
フランスの文人ジャン・コクトーが手ずからデザインして注文した‘アカデミーフランセーズ会員の剣’(右側).

‘明らかに非難される’という美術館の人々の心配通り、美術界ではこの消息が伝えられながら展示の当為性と副作用に関する疑問と憂慮, 失望の声が出てき始めた.
専門家たちがいぶかしいと思う大きな課題は、何故この時点に都心の徳寿宮美術館でこの展示を誘致する必要があるのかということだ.
最近、市場の活況でファッションと美術, 商品と美術の結合は盛んに進行中だ.
しかし、カルティエが事実上企画の実権を握っているこの展示を国立機関でしなければならないという当為性は大きく落ちるというのが大半の意見だ.
ヨーロッパ宝石工芸史に関する研究成果が集積になったということとも違い、専門担当学芸員もいないためだ.
実際に、美術館の内外では今回の展示開催の代価としてカルティエが美術館の大型企画展に今後巨額を支援するスポンサーになると密約したなどの噂が広まっている.
約定を主導したチェ・ウンジョン広報マーケティングチーム長はこれに対して、“具体的な約定内容は公開出来ない”と話を切った.


“政府補助金を受けながら、このような展示まで…”

評論家ハ・ギェフン氏は“公共美術館が金の力を前面に押し出した企業の商業展示に利用される外国のよくない前例について行った”とし、“国立現代美術館は運営費の相当部分を政府から補助を受ける行政型責任運営機関であり財政圧迫もより少ないのに, 内部キュレーターたちの反対を押し切りながらまでも展示を強行した理由が気になる”と話した.
ハ氏は“もしかすると、企画力不在はもちろん, 闇取引疑惑を呼びかねない”と付け加えた.
2006釜山ビエンナーレ展示監督だった企画者パク・マヌ氏も“公共美術館が外部の商業展示をあまりにもたくさん誘致して批判が少なくないのに, 純粋ではない宝石巡回展まで引いてくるのは疑問”とし、“私たちの近代美術の家である徳寿宮美術館の正体と実体性を希薄させる結果を産むだけだ”と憂慮した.
国立美術館の宝石名品展誘致とはしたがわざるをえない大勢なのか, 機関の公共性を後退させる握手なのか, 美術界は新春の悩みの種を抱くことになった.