2003年8月ハンギョレ21 471号

君、これはいかが?
大衆音楽史の‘空白期’を埋める音楽マニアたち… 伝説的古典レコードを再発売して大衆に迫る
[ 文化 ] 2003年08月06日 第471号

君、これはいかが?
大衆音楽史の‘空白期’を埋める音楽マニアたち… 伝説的古典レコードを再発売して大衆に迫る



‘仕事よりはロマンを, お金よりは 愛を.’
ある会社の門前にこのような社訓が掛かっている.
‘愛よりはお金, ロマンよりは仕事’の強迫に苦しめられる現実に、この‘時代を逆に生きる’スローガンということか!
“そう、わたしたちは‘世の中’を逆に生きさせる”と話す人々が建てた‘ビートボールレコード’は、そのように虚を突く.


ビートボールレコード 三友人のとても特別な作業

ビートボールレコード(www.beatballrecords.com)は、レコード蒐集家であり、音楽愛好家である三人 イ・ボンス(31)、キム・サンマン(33)、キム・ヨンジュン(32)氏が、昨年4月に建てた‘小さな’音楽出版社だ.
京畿道コヤン市 イルサンのある飲食店の地下に位置を占めたこの会社の事務室の壁には、‘追憶の’LPレコードジャケットが一杯だ.
彼らは、去る3月から‘ソウル ア ゴー・ゴー’シリーズという名前で、キム・ジョンミの<ナウ>, シン・ジュンヒョンとクェッションス(註:ハングル読み通り)の<イン ア カダ ダ ビダ>, ユン・ヨンギュンとシン・ジュンヒョン アンド ザ メンのレコード, イ・ジョンファの<花びら>など、1970年代韓国大衆音楽の名盤たち, 名前は聞いてみたことはあるが、実際に聴くことは難しかったレコードを復元して出した. それも、CDではなく、大きなLP盤でだけだ.

維新政権が検閲の刀を振り回す直前である60年代末と70年代初め、明洞のゴーゴークラブを中心に咲いた韓国の青年文化・大衆文化を象徴する伝説のレコードがよみがえったのである.

写真/レコード蒐集‘狂’たちが、韓国音楽の古典を復元している.

今年3月から、キム・ジョンミ、シン・ジュンヒョン、イ・ジョンファなどの韓国大衆音楽初期の名盤を出しているビートボールレコードの人々だ.
関心のない人々には、それがどうしたというのか? だろうが、彼らが再発売したレコードは、今年の上半期、音楽愛好家たちの間で断然話題になった.
これまでこのレコードは驚くほど高値であったり, それさえもなくて、入手できないものばかりだった.
韓国レコード蒐集家なら、誰でも探していたこのレコードは、一枚70万〜150万ウォンだったが、新しく復元されたレコードは、一枚2万〜2万5千ウォン.
当然、広告を一度もしなくても、発売当日または二日ですべて売れた.
もちろん、ミュージシャンとの契約のため、計1千枚限定発売であり, もっとプレスすることができない.

彼らのように、韓国音楽マニアたちが忘れられた韓国音楽を‘蘇生している’.
今年に入って‘時代屋’とも呼ばれるマニアレコード蒐集家たちが、自分たちが本当に愛する韓国音楽の古典を再発売する作業にたったのである.
<週間韓国>記者でもあったレコード 蒐集家 チェ・ギュソン氏は、今月、70年代韓国フォークの主役であるキム・ウィチョル氏の1集<ノレモウム>と2集<恋歌集>を復元して出す.
チェ氏はソンデ企画という企画社を設立して、60年代から現代まで、韓国の隠れたフォークレコードを発掘して出す計画だ.
先月末、韓国最初のロックレコードとして再評価される可能性がある<キーボイス>レコードを発掘して出したパク・ソンソ氏もやはり、韓国ロックに関してはほとんど研究者水準だという評判を聞く. やはり、韓国ロックレコードを相次いで復元する予定だ.
昨年、シン・ジュンヒョン作品集CDの製作代行を担当したキム・ギテ氏も、個人レーベル M2Uを整えて、レコードを出している.

それらの中でも最も活発に活動しているビートボールレコードの三人は、どのようにして始めることになったのだろうか.

イ・ボンス、キム・サンマン、キム・ヨンジュン氏は、10年前くらいから弘益大前(註:ライブハウスやロックカフェなどが多い)と清渓川(註:東大門市場周辺.骨董・中古品市もある)を廻って、お互いに知るようになった.
音楽出版社で働いていたイ・ボンス氏は、カントリーやフォーク, ブルース愛好家であり, キム・サンマン氏は、60〜70年代のプログレッシブとサイケデリックのように夢幻的な音楽を, ヨンジュン氏は、60〜70年代のポップとロック音楽全般を好む.
60〜70年代の音楽を好むという共通点のために親しくなって、“音楽があまりに好きだから、一度レコードを出したい”“一緒に仕事をしてみたい”という思いで、昨年小さな仕事を始めた.
創業資金は、持っていたレコードの一部を売る痛みを甘受して用意した.
 

名手たちの‘意気投合’…復元レコードのやるせなさ

多様な音楽を好む彼らが、忘れられた韓国ロック初期のレコードを復元する作業にたったのは偶然だった.
デザイナーであるキム・サンマン氏がシン・ジュンヒョン氏の過去のレコード再発売作業のジャケットデザインを担当し, CDでだけ出す計画だったシン・ジュンヒョン氏に、自身が一度LPを出してみたいと提案して許諾を受けた.
これは、その後、韓国ロックレコードを体系的に復元する作業に引き継がれた.
駆けずり回った末、イルサンのある工場で我が国では唯一LPを作ることができるということも知った. 誰も資料を整理していなくて、レコード版権も不明な状態で、版権者を捜し出して契約することも, 30〜40年前のマスターテープを探し出すことも苦労した.
レコードを出す過程で、彼らが会ったシン・ジュンヒョン、キム・ホンタク(he6)、ジョ・ヨンナム(he6)、キム・ミョンギル(デビルス)、チェ・イチョル(アイドゥル)等、‘主人公’たちは、皆、数十年間忘れられてきた自身のレコードが復元されるという事実に非常に喜び、それは彼らにとって大きな力になった.

写真/ビートボールレコードが復元した追憶のLPレコード.

僅か何十年前のレコードだが、韓国大衆音楽資料が保存出来ていなくて、彼らの作業はほとんど‘考古学’に近かった.
この過程で、名前が表わすのを嫌ったが,名盤が再発売されるのを心から願って手助けした多くの韓国レコード蒐集家たちがあった.
彼らは何らの物質的代償無しで、自分の仕事のように喜んで当時の雑誌記事, 資料, 写真のような資料を提供してくれた.
ビートボールレコードの‘三友人’によれば, これらレコード愛好家の世界は、ほとんど‘武林の名手’たちを彷彿させる. LPを5千〜1万枚以上集めた人々もいて, CDは何万枚も持っている人もいる.
LPマニアの中で韓屋(註:韓国伝統家屋)に暮らした人は、韓屋の床が崩れることもあった.
清渓川でレコードを選んでいると、LPの下部分が濡れた痕跡が多いのだが、これは床が抜けて水気に浸った痕跡だという伝説的な話が伝わっている.

イ・ボンス氏は、“たくさん集めることも重要だけど, 自分が持っているレコードがどんなもので、どんな意味を持っているのかを本当によく知っている人, その音楽に本物の愛情を持っている人が、真のレコード蒐集家”と語る.
事実、彼らは復元された韓国レコードがよく売れるということに一抹のやるせなさもあるという.
“むかしの音楽をまた聴くということは良いのですが、一抹のバブルもあるようです. 皆がそうだというのではありませんが、蒐集欲や投資概念から買った人もあります.
実際に、本当に買いたいが買うことができなくて、ひとりが何枚も買っているようで気になります.”

彼らは、今後、‘マニア’のみだけでなく、‘大衆’にも迫るために、LPのみだけでなくCDでも過去のレコードを再発売する計画だ.
70年代のソウルグループである‘デビルス’のレコードと、サイケデリックロックグループ‘he6’‘ソヌヨンア’‘アイドゥル’のCDがまもなく出てくる.


“大衆音楽の未来にまで責任があるでしょう”

韓国レコード再発売でだけ食べて生きることはできない.
彼らは音楽愛好家の見識として、米国とヨーロッパ音楽の中から、現地でも絶版になった‘宝物’, よく知らされなかったが本当に良い音楽, 本や資料には出てくるのに今は聞かれない音楽を捜し出して、新しく契約を結んでレコードを再発売する.
このレコードは、特に多様な音楽に対する需要層が厚く、ジャンルに対する偏見がない日本での反応がたいしたものだ.
彼らはまた、ライナス ブランケットやブルドッグマンションのように国内のインディバンドの中から実力あるグループを捜し出してレコードを出した.
韓国音楽の過去から未来まで、音楽マニアたちの猛烈な活躍が開始した.
 

文 パク・ミンヒ記者 minggu@hani.co.kr
写真 パク・スンファ記者 eyeshoot@hani.co.kr