2002年11月ハンギョレ21 435号

女性の石の拳, 世界チャンピオンも遠くない
[ 人と社会 ] 2002年11月20日 第435号

女性の石の拳, 世界チャンピオンも遠くない
根性で固まった韓国最初のチャンピオン イ・イニョン… 女性プロボクシングの大衆化 信号弾を撃つ

写真/キム・ジュヒを4回KOで横たえてチャンピオンに上がったイ・イニョン.ボクシング入門1年3ケ月で大事をやり遂げた

室内照明が消えると、映画<ロッキー>の主題歌が“パッパパパー、パーパパパー”とJBLスピーカーを通して流れ出始めた.
闇の中で音楽が小さくなった合間を利用して蝶ネクタイを絞めた場内アナウンサーが“赤コーナー、、サンボク体育館所属 イ〜イン〜ヨン〜”と叫んだ.
この瞬間を待っていたというように、‘腕白小僧’のように小さな体躯の女子ボクシング選手ひとりがフードのついた長いガウンを脱いでリング上に飛び上がってきた.
彼女はグローブをはめた手を観衆に向けて挨拶の代わりをした.


眼の保養? とんでもない!

去る11月16日, ソウル 梨泰院キャピタルホテル特設リングでの韓国最初の女子プロボクシング フライ級(50.8kg)チャンピオン決定戦(8ラウンド)に先立ち、イ・イニョン(30・サンボク体育館)選手が紹介される場面だ.
イ・イニョンが対抗して戦う選手は、ソウル 永登浦女子高2学年に在学中である国内唯一の女子高生プロボクシング選手 キム・ジュヒ(17・ゴイン体育館).

写真/キム・ジュヒにライトフックを飛ばすイ・イニョン.
女子ボクシングとしばしば女子プロレスが言われる‘眼の保養’とか‘お遊び’などという考えは、1回戦を知らせるゴングと一緒にあっという間に飛んで行ってしまった.
ゴングが鳴るやいなや、観衆は2つに分かれて、‘ライト!’,‘レフト!’などと、2選手の戦いを後押しした.
観衆の注文に肯定的回答でもするかのように‘美女ボクサー’キム・ジュヒが、まず、気持ちを整理する暇も無しに速い身の動きを全面に出して、ワンツーストレート連打攻撃を行なって, 試合をゆったりと展開していこうとしていたイ・イニョンはうろたえた様子をまざまざと見せながらも、特有のライトフックとボディ攻撃で対抗した.
試合序盤の探索戦はなかった.
結局、イ・イニョンの‘石の拳’を 無視したまま無謀にからだを打たせていたキム・ジュヒがふらつき始めて, ついに4ラウンド序盤、イ・イニョンの会心のライトフックが顔に当たると、そのまま座り込んで起きられなかった.
それで終わりだった.
イ・イニョンが、1912年に我が国にボクシングが紹介された後、初めての女性プロチャンピオンとして誕生する歴史的な瞬間だった.

72年生まれのイ・イニョンがボクシングに入門したのは、僅か1年3ケ月 前.
彼女は一日に7tずつの荷物を運ぶトラック運転を7年間しながら、男子も一人では難しい50kgを越える豆袋を持ち上げて、いち早くパンチ力を培った.
光州市のある小学校で3学年時から6学年時までの4年間を長距離陸上選手として送った彼女は、幼いころから独自にの運動に関心を見せていた.
小学校の時から男の子たちと常に喧嘩し、‘チンピラ’という仇名が付けられていた彼女は、ある日、父と一緒にテレビを通して偶然プロボクシング キム・ドゥック選手の試合を見ながらボクシングの魅力に陥り始めた.
その時から“私もいつかはボクシング選手としてリングに立たなければ”と、普通女子としては想像するのも難しい希望をいだくようになった.

家庭のことには関わらずに、酒に溺れて生きていた父のため、家のあらゆる責任を持ってきた母親 キム・サムスン(66)さんの強い生活力は、ボクシング選手としての彼女の根性を育てるのに一役かってきた.

ボクシング選手の夢を大事に抱いていた彼女は、前・韓国フライ級 チャンピオン出身 キム・ジュビョン(51)にサンボク体育館場で出会いながら遅い年齢でついに選手としての夢を実現することになった.
25年間ボクシング体育館だけを運営してきたキム館長は、
“イ・イニョン選手の場合、早く始めなかったことがあまりにも惜しい. あたかもボクシングのために生まれた選手のようです. 男子選手とスパーリングをする時も、正しく合せてダウンさせる場合が頻繁な程にパンチ力がたいしたものだ”
と、イ・イニョンに対して大賛辞を惜しまなかった.
また、キム館長は
“体育館になぜか腕白小僧のような少女が入ってきた時、時間が余っていて趣味としてボクシングをしに来たのだろうと神経も使わなかったのに, 持って生まれた素質と根性をもってプロ選手に成長するのを見ると、とても凄いことだという他に話すべき言葉がない”
と舌を巻いた.


非常に少ない補償… 対戦料は150万ウォンだけ

去る7月、プロにデビューしたイ・イニョンのプロ通算戦績は、4戦全勝(2KO).
相手を何度もダウンさせても要領が悪いせいで、惜しくも二回の判定勝ちを残した.
これに関して、キム館長は、“パンチ力があるのだが、リング上がると、まだ自身の力を十分に使用できない短所をもっている.
だが、訓練と試合を繰り返すほどよくなるだろう”と、自信満々だ.
イ・イニョンは、毎朝体育館近くのスリ山を訪れて、8km以上ずつ走った後、午後3時から体育館トレーニングをする.
家でもボクシングビデオを求めて観ながら、一日でも訓練と試合を忘れない. ボクシング以外のことは考えもしない.
プロ選手として後天的な努力も兼備しているわけだ.
平常時の体重が52kg(身長159cm)しかなく、フライ級の限界体重である50.8kgに合せることは、彼女にとって何ということもない.
今回の決定戦を一日控えて施行した計量審査でも1kgも下回る程で、自己管理側面ではほとんど完壁に近かった.
このような自己管理が徹底しているのには、世界征服という野心がある.
韓国初代チャンピオンに上がった後、彼女は“韓国チャンピオンは世界ステージへの飛び石にすぎない.
米国のキム・メサ(韓国系入養児・去る4月にジュニアフライ級世界チャンピオン自主返却)のように、世界チャンピオンにまでなりたい”としながら、一度始めたことに対してしまいまで見届けたかったという.
前・世界チャンピオン出身であるビョン・ジョンイル BJIプロモーション 代表と、去る9月、プロモーション契約を結んだ彼女は、来年1月中旬に世界8位 ユミ・タカノ(9勝5敗・1KO)を国内に呼び入れて戦った後, 7月にフライ級の一クラス下であるジュニアフライ級世界挑戦にたつという計画を持っている.
イ・イニョンを通して、女性ボクシングのプロ化と大衆化を同時に模索するビョン・ジョンイル プロモーターは、“一旦 フライ級でチャンピオンが出たが、階級が多様化すれば日本との交流などを通して、女性プロボクシング市場を広める計画”と明らかにした.
しかし、フライ級を含み、協会に登録された女性 ボクシング選手は現在30人にすぎない.
イ・イニョンが今回の試合を終わらせて公式的に手に握るファイトマネー(対戦料)は150万ウォン.
初代チャンピオンという名誉を受けたことに比べて、金銭的補償はトレーニング費にも及ばない程非常に安い.
彼女が職業選手として解決しなければならない周辺環境は、今後、リングで繰り広げる凄絶な戦い程に険しい.

文 パク・ウォンシク記者/ ハンギョレ スポーツレジャー部 pwseek@hani.co.kr
写真 イ・ヨンホ記者 yhlee@hani.co.kr