2002年1月ハンギョレ21 392号

タクシー代の恐怖と‘夜通しコース’
[ 動く世界 ] 2002年01月09日 第392号

タクシー代の恐怖と‘夜通しコース’
動く世界 通信員 NG リポート

イラストレーション/ ソル・ウニョン

東京は物価が殺人的だという事実は、敢えて新聞の国際面を読まなくても、大部分がよく知っている事実だ.
東京に出張にきた人々は, 自販機のコーヒー一本を選ぶのにも, 必ずウォンで換算してみて、“ああ、東京の物価は本当に高い”という声を一度くらいはあげるものだ.
だが、東京で6ケ月程度生活した人ならば, だんだん慣れていって、千円をあらまし千ウォンくらいに思って生活していくようになる. そうでなくて、毎度韓国の物価に換算していたら, たぶんその高い物価に頭が変になってしまうかもしれない.

そのような東京の物価の中でも、最も高いのは、何といっても交通費だ.
日本でJRと地下鉄を利用して、韓国の清涼里から江南程度の距離だけを行っても、韓国の金でだいたい5千ウォン程度の金がかかる.
それでも、地下鉄料金はまだいい. 日本タクシーの基本料金は660円. 韓国タクシー料金の4倍くらいになるのだ.
初めて東京にきた時、日本の友人たちが酒を飲みながらも終電時間が近づくと皆立つのを見て, とても折り目正しいなと考えたのだが, それがすべて殺人的なタクシー料金のためだということを知って、私もやはりその隊列に合流するしかなかった.

ところが、問題は、いつも韓国の人と会う時に発生してしまう. 容易には1次会で終わらない、そういう長い間の習性のためだ.
東京にきて間もない頃のことだ. その日も、2次会まで行ってしまい、結局終電に乗れなかった. 翌日重要なこともあったので、ソウルでしているようにタクシーに乗った. ソウルで言えば、トンアム洞からタプシムニ程度の距離だっただろう. 料金は8800円程. 酔いがさあっと覚めた. その時は月8万円の奨学金を受けていた時期であったから、その10分の1が一度のタクシー料金で飛んで行ってしまったわけだ. 夜11時を過ぎると、明け方まで3割増し(昼間の3倍程度)になるということを知ったのもその時であった. カードでタクシー料金を支払ってから, あまりにも虚しくて脚がふらついたことを思い出す.

だが、そのような記憶は容易に忘れられることだ. 韓国から出張にきた友人のために東京見物をさせてあげようと、市内の盛り場を廻って、夜遅くまで酒を飲んだのだが, やはり終電時刻に間に合わなかった. 寒い冬の夜, 高いタクシー代のことを考えて, 一晩中酒を飲んでも5千円しかしないという酒場を探して入った.
バンドの音が騒がしく、タバコの煙もたちこめていたが、それも、しかし明け方2時を過ぎると静かになった. 皆、明け方5時の始発電車を待って、ソファでいびきをかいて眠り込んだためだ. 少しの間眠り込んだのだろうか. 小さくはない声で目を覚まされ, 皆外套を着て、目をこすりながら立ち上がった. タクシー代の恐怖は、貧しい留学生だけの専有物でないということを確認したわけだ.

大学生たちには、また彼ら自らの解決方法があるということを知ったのは、それからいくらも過ぎていない頃だった.
東京のある大学の朝鮮語学科のロックグループ‘ソウル牛乳’公演があった日, 2次会までついていった後, 一行は直ちに‘カラオケ’行.
タクシーに乗って帰れない貧しい大学生のために、大学街周辺のカラオケではもうちょっと安値に‘夜通しコース’を作っていたのだ.
あたかも通行禁止時間とでも言えそうな程に君臨する終電時刻も、若い大学生たちの足首まで掴むには力不足だっただろうか.