2001年12月ハンギョレ21 387号

“キャンディおじさん、変だよ”
[ 記者が飛込んだ世の中 ] 2001年12月05日 第387号


“キャンディおじさん、変だよ”
舞台体質ではなかった… キム・ヨンベ 記者の右往左往ロッテワールド公演チーム体験記

写真/ "ここよ, ここ…" 公演の途中、キャンディとカードを配る時は、あちらこちらから響く叫び声で耳がワンワン鳴る.

公演開始5分前を知らせる信号音に、また再び慌てふためき始めた. 他の演技者たちは雑談までしながらゆったりと準備をしているものの、新米の私では、耳がどきどき鳴るような心情だった.

右側, 左側の横を歩きながら、腕を頭上でぐるぐる廻し、後ろに返すという練習をしてみても、一度こんがらがった気持ちは容易に整理できない. この日の公演も、こんなとんでもない考えを振切るには難しい.


練習になんの意味が…

‘子供の観客なのに, なんだというんだ. 失敗してもわからないだろうに. 習った動作を忘れてしまっても、キャンディを配ってあげて、カードをばらまく動作でいいと言ったではないか.’‘いや, 昨日もそうだったのだから、今日もそうはできない. 昨夜も見たが、観客の中にはおとなも少なくはなく、失敗にすぐ気がつくことは明らかだ. できない, 絶対に…. 動作を忘れてはだめだ.’

雑念が右往左往交差するなかで、薄情にも5分はすぐに過ぎて、運命の時刻 午後2時は間近に迫った.
パレード(行列)が始まる‘テント’(出発待機場所の大門が開いて、ローラーブレードに乗った演技者たちが手に下げた長い棒の先から火花を散らすことでまず雰囲気を盛り上げた. その後に続き、色とりどりに装った馬車, 王妃, 王子と王女, 侍女, 料理の皿を下げた男たちが長い行列を作った.

キャンディカート(手押車)を押しながら踊るように行くルード・ミラー(20・ウクライナ出身 舞踊家)と私は、予定された脚本によって、チョコレートのキャラクター(人形の中に人が入っている)の後に従った.
テント正門を出ると、道の両側に観客が雲のように集まっているのが目に入る. にぎやかな音楽とあちらこちらで湧き上がる歓呼の声で気が遠くなった. 2泊3日間習った踊りの動作は一瞬にしてみな忘れて、目の前が真っ白になった.

ロッテワールド公演チーム体験は、火曜日の11月27日に開始した.
その直前の土曜日、チャムシルにあるロッテワールドを訪問, 一度はやってみるだけのことはあるという判断を下したのであった.
ロッテワールドでは、たまたま‘ワールドカーニバル’(世界各国の伝統衣装と踊りを披露する)が終わって、‘クリスマスパレード’が始まっていた. キム・キジュ公演チーム長の説明を聞くと、すなわち, 華麗に装われたクリスマスツリーと馬車の中には驚くべきことに人が入って押しているということ等、興味を殺がれる弱点が多かった. 華麗な外側の姿とはまた違う、孤単な仕事場の内面をながめることができるという漠然とした好奇心と共に.

日程が合わずに、予定よりも一日遅い火曜日の午前から本格的な練習がなされた.
ロッテワールドで、昼(午後2時), 夜(午後7時半)の2度ずつ繰り広げられるパレードに参加するようにして、配役は練習状況を見て決めることにした.
会社側の配慮で公演チーム演技者 チョン・スンウ(33)さんが振りつけ指導をしてくれた. チョンさんは特異にも、史学科出身であり、また、演劇, ミュージカル俳優として活動している途中でロッテワールド公演チームに入って3年半目の演技者として活動している.


スターを夢見る人々

写真/ 公演チーム演技者 チョン・スンウさんの指導によって練習をした後(上)、公演場に投入されてリズムを披露している.

100人を上回るロッテワールド公演チーム所属演技者たちは、大部分舞踊学科や演劇(映画)科出身だ.
オーディションを通じて公開募集するため、舞踊を専攻したり、踊りや演技に突出した技量があってこそ入ることができる. 一部は現場で演劇, ミュージカル俳優として活動している途中で入った場合もある.
彼らの中の相当数は、ここの活動を踏み台として、ミュージカル, 演劇俳優に成長するという意味をいだいている. ここの生活を, 単に金を儲ける手段だとは思わずに、踊りと演技を学んで一段階跳躍する契機にしているのだ.
大学で現代舞踊を専攻したという キム・ソンフンさんは、ちょっと前までベンチャー企業で仕事をしている途中でとても我慢できなくて飛び込んだ. キムさんは、“世界的な舞踊家になる夢を持っていて、今の生活がおもしろい”と話した. スンイ女子大舞踊科出身のキム某さんは“力は要るけれど、習うことが多い”と、ぱっと笑った.

練習の時は、何よりもストレッチング(柔軟体操)が優先だ. ベテラン演技者たちも、公演前には必ずこの過程をたどる. 公演途中、万が一のけがなどを防ぐのに好都合なためだ.

舞踊家出身の専門演技者たちが脚を上げて伸ばしたりしている中で、木のようにかちんかちんに硬い私は粗雑な‘国民体操’を繰り返した. チョンさんの指導によって、片脚を曲げて他の脚を最大限伸ばそうとしたが、こわばった姿勢から抜け出すことができなかった. からだの節々からは、時々ぼきぼきと音が鳴った.

粗雑だが、柔軟体操した後、午後から本格的な舞踊練習‘ワークプロダクション’に入った.
ロッテワールドテーマソング(主題曲)とクリスマスキャロルに合せて踊る基本動作だ. 右, 左にかわるがわる移動しながらいくつもの手の動作を繰り返して前後にも移動することなのだが、話のように容易ではない.
“さて, 見て下さい (右手を頭の上にひらりと返しながら) このように手を返して, 足はこんな風に. 両手を前に伸ばして開く時は、‘腕の裏側’の力を抜きます.”チョンさんの注文とは違い、いつも方向が外れて、やっと方向を合わせると大それた方向に手が上がって…. また、足並みをそろえれば、腕の動きが交錯し, 腕の動作をやっと合せると、拍子が遅かったり速くて違うという事が反復した.

“何の役を任せるべきか. 旗手をやるには身長が足りないようだ. 顔が現れるペースチームは、大部分多様な動作をこなさなければならないのに….”
スタッフ陣がいろいろな議論を経て、結局決った配役はキャンディカートを押すキャンディ売り役だった. 各種装飾で飾られた手押車を押して行って、中間に立っている140人内外のパレード団に混ざって、一度ダンスを披露した後、子供たちにキャンディを分けてあげる役割だ.
そうした後、行列に従って車を押して元の場所に帰ってくればよい. これでかかる時間は約30分. パレード中に披露するダンスを正しくできれば、ある程度配役を消化できるようだった.


外国人演技者たちの‘一儲け商売’

初日午後には、終始ワークプロダクションを実施した. けれども、直ちに公演に入るには難しくて、初日の夕方には一番やさしいクリスマスツリーの役を担当することにした.
ツリーは、緑色, 白色の2種類なのであるが、私が受けた白いツリーは、行列の終った後にしたがう.
ツリーを押すには練習がそれほど必要ではない. 気をつけながらケガをしないように急ぎ足で歩くべきだという点だけを心に刻めばよい. このため、この役割はたった今入ったばかりの新入演技者やアルバイト生(ここでは‘協力社員’と呼ぶ)が担当する.
パレードに動員される模型ツリーは、四角い角のような鉄製骨組みに、厚い圧縮スポンジとアルミホイルを重ねてかぶせたものである. 外に線が見えないような窓が出ていて、運転手は視野を確保することができる. ツリー運転は、水上に浮いている鴨を連想すればよい. 水中の水かきのように、ツリー中の人も絶えず急ぎ足で歩かなければならない.

ロッテワールド公演チームのもうひとつの特異な風景は、外国人演技者が多いという点だ. 彼らは国内演技者たちと共に公演チームの二つの軸を作っていて、どこを見ても容易に目につく.
顔付を見ると、ロシア人であるかのようだったが, 意外にもウクライナ出身がはるかに多かった. 外国人演技者35人中でロシア人は11人と、残りは皆ウクライナ出身だった. 大部分が現地で舞踊家やバレリーナ, 劇団監督として仕事をした人々で、現地オーディションを経て、さる11月に韓国にきた.

ウクライナ国立バレエ団で1年半ほど監督として仕事をして今回韓国にきたセルゲイ(24)は、“辛い料理以外は難しいことはそれほどない”と、韓国の生活に比較的満足だという表情になった. セルゲイは、夫人と6ケ月の娘を故国に残して、一人で生活していて、早く金を稼いで、家族と共に旅行に出たいというのが夢だ.
夫と共に仕事をしているオルガ(23)もやはりウクライナ舞踊家出身. オルガは、“ウクライナで活動する時に比べて収入が何倍も多い”と、ぱっと笑った.
彼らは技量によって、月700〜1800ドルを受けとっていて, ロッテが提供したソウル 文井洞のアパートに居住している. 普通は6ケ月単位で契約して、一度延長して, 1年後には故国に戻ったり第三国に進出する. 彼らにはソウルの生活が一儲けの機会であるわけだ.


ああ, なさけない!

写真/ 公演に先立ち、大型鏡が壁面をぎっしり占めている練習室で最終点検をしている.

“お姉さん, ここ、着替えをちょっとてつだってください.” “こっちも忙しいんだよ.” “ぼくの靴はどこに行ったんだ.”
公演開始1時間前になると、事務室がある4階は突然気ぜわしくなる. 大型美容室を連想させる楽屋控え室のあちらこちらで演技者たちが顔に塗りたくって奇妙な扮装をする、珍しい風景が繰り広げられる.
それに続いて、ロッカールーム(更衣室)で公演衣装に着替えようと、もう一度大騷ぎが起こる.
公演30分前、演技者たちは皆練習室に集まり、個人別に予行練習をする. 続いて、監督が簡単な注意事項と指示を与えて‘出発’信号を下せば、練習室裏側から出ている階段を伝って1階テントに列を作っておりて行き、待機しなければならない.

初日夕方、公演時に引き受けたツリー役はどうにかこうにかうまく終わった. 左右にちょっとふらつくことはあったが、雰囲気は出すことができた.
いよいよ観客の前に立つ二日目の夕方. 初めての公演を控えて、ひどく緊張しているのを、チョンさんは心配する必要がないと話した.
“そのまま気楽にしてください. 動作を間違ってもうろたえずに平然な顔で戻ってきてキャンディを分けてあげればいいのです.”
この日の昼公演時、パレードコースを巡回しながら該当配役を現場で下見した後であった. けれども、チョンさんの激励も効果がなく、公演は完全に失敗に終った. そう、1階の公演場で行うダンスがとても思い出せなかったのだ. 右側, 左にと、何度も移動している途中で、突然ぼんやりしてきた. せわしく戻ってきて、キャンディ, カードがある紙袋を持って危機を抜け出すことはしたが、なにぶんにもぎこちない. あちこちからクククッという笑い声が聞こえるようだった.
どのように公演が終わったのかもわからなかったほどだ. “初めてにしては良かった”という儀礼的な挨拶の言葉が慰めにはならなかった.

体験最終日、昼公演直前まで反復練習をしたが, それほど差がない. 一度経験したところなので、ちょっとは良くならないかと思ったのに、現場に行くとやはり同じだった.
1万5千個の瞳(野次馬 7千〜8千名)に真っ青になり、しきりに動作が揺れた.
結局、この日もダンスをすべてやり通すことができなくて、他の演技者がダンスを披露する渦中に、車の取っ手をとってキャンディ袋を持ち出した. 気まずいままに行列のあちらこちらをまわって子供たちの手にキャンディとカードを配ってあげて、決まった時間の代わりをしようと苦境に立たされた.
前日よりすこしよくなったとするなら, キャンディを配る姿が若干より自然になった程度だろうか. なにぶん、‘舞台体質’は作られるのではなく、生まれつきのようだ.

パレードを終えた後、手袋を脱いで額の汗を拭っても、気分がいいというよりは情けない気持ちが先にたった. 一方では、舞台に立つ負担がなくなったという気持ちで気楽だった. 舞台出演を前にする三日はたいそう長かった.


文 キム・ヨンベ 記者 kimyb@hani.co.kr
写真 イ・ヨンホ記者 yhlee@hani.co.kr