2001年2月ハンギョレ21 345号

[人の話] 国家保安法を虚しくするアジュマの馬鹿力

[ 人の話 ] 2001年02月06日 第345号

家出してきたアジュマ(註:おばさん)は、青い囚人服を着て笑っていた. 2月5日明洞聖堂前の‘国家保安法廃止のための無期限監獄座込み場’で会った主婦 ハン・フィスク(47)さん. 新年初日から、夫の引き止めを拒んで、明洞聖堂前に家出を敢行したアジュマは、‘いまだに’ そちらにいる. 

家出の理由は、国家保安法. ハンさんは、“特別な運動経歴も, 家族の中に国家保安法で苦労した人もいない”としながら、自ら“そういう平凡な主婦”と話す. だが、さる年末, 新聞に載った人権活動家たちの国家保安法撤廃のための断食座り込みのニュースは、この平凡なアジュマの‘良心’を揺るがした. 新聞を見たハンさんは、“暖かい部屋でご飯を食べるのが申し訳なくて” 着替えふろ敷包に詰めて、無計画に明洞聖堂前を訪ねた. 家でバタバタと足踏みしているだけよりはましだった. “二-三日だけ粘ろう”と始めた断食座り込みが、“もう一日だけ…”としているうちに、いつのまにか、断食座り込み団が解体した1月10日までつながった. 座り込み中に夫が訪ねて、“これが何になるんだ?”と、帰宅を勧めたが、ハンさんの固執を破ることはできなかった. 

家に戻って、まだからだを整えていないうちに, また別のニュースが彼女を明洞聖堂に呼び出した. 1月18日, 韓総連 政治犯たちが中心になり、‘国家保安法廃止のための無期限 監獄座り込み’を始めたのである. 初めは、“一日だけ立ち寄ろう”と、家を出たが, 監獄座り込みをする若い政治犯たちと出所長期囚たちを見ると、一日だけで終えることができなかった. その日以後、朝8時には京畿道 グンポの家を出て、夕方8時まで監獄座り込みを して, 夜10時を超えて家に帰ってくる生活を毎日繰り返している. 2月5日で、すでに19日目皆勤だ. 10日間の断食で底をついた体力も、彼女を止めることができなかった. ハンさんが道で国家保安法と戦う間、“歩く朝鮮日報(註:保守・体制寄りの新聞と言われる)”と呼ばれた夫も、少しずつ変わって行った. 

“夫が最近、‘自分の色合いを失って、灰色分子になった’と笑います. 夫はずっと<朝鮮日報>だけを見てきた人なんですよ. 以前、TV ニュースに国家保安法の話でも出てくれば、‘必要だ’と主張する夫と頻繁に言い争うこともあったのに…. ちょっと前、いよいよ夫が<朝鮮日報>を断ち切りました.” 

ハン・フィスクさんは、インタビューの終始、“私よりもっと苦労している人々も多いのに…”と、不憫がりながらも、“もう少し多くのアジュマたちが、わたしのこの運動に賛同してくれれば良いのに”と、希望を明らかにする. そして、“今年の冬は、からだが寒くてきつかったけれど、どの冬よりも心だけは暖かかった”と、かすかに笑った. 

シン・ユン・ドンウク記者 syuk@hani.co.kr