2000年7月ハンギョレ21 315号

人の話 “市民運動を勉強して、北朝鮮を助けます”


“韓国市民は市民団体を支持して支援するけれど、米国はすこし冷笑気味なんです.”

チェ・スソン(26)さんは、韓国と米国 市民運動の差をこのように説明した. 在米同胞2世の彼女が、さる98年11月、韓国にきた理由は2種類. 韓国語を学ぶことと, 韓国の市民運動を経験して米国と比較したかった. それで、市民団体の国際民主連帯でボランティア活動を始めた. チェさんは、最近、1週間に2〜3回、この団体の国際連帯事業を手伝って, 市民にただで英会話講義をしている. 市民団体が主催する集会にも欠かさず出席する.

“踊りと歌が、最も印象的です. 米国ではピケを持って、スローガンを叫ぶばかりなのに, 韓国で集会をすると、踊って歌を歌って、とてもおもしろいですよ.”おかげで、米国では酒を一滴も飲むことができなかったのに、今では韓国の飲酒文化に慣れ親しんでいる. 梅酒が本当においしいらしい.

チェさんは、韓国人の父とアメリカ人の母の間に生まれた. それで、幼い時期に相当な精神的苦痛をあじわったという. 韓国語を学ぼうという理由も、そのためだ. “他の子供たちが私に対して、‘君は中国人か?, 日本人か?’と聞くのですよ. 米国の韓国人社会では、‘君はなぜ韓国語もできないの’と. 恥ずかしくもあり、恐ろしくもありました.”

こういう経験が、彼女を少数者の権益を守る道に立たせたのだ. コーネル大学で国際農学を専攻し、人種差別, 性差別, 労働問題等に関心を持って、アジア系学生団体活動で主導的役割をした. そして、父の国・韓国を訪ねる決断まで下したのである.

最近、チェさんには悩みがひとつある. ご両親がチェさんに会いたいと、11月には米国に行かなければならない. まだ、彼女は以後の進路を決定できていない. 韓国にまた帰ってきて、勉強をしなければならないか, でなければ、米国で大学院に進学するか. しかし、韓国に帰ってくれば、彼女が歩いていく明らかな道がある.

“韓国で大学院を卒業したら、私の専攻を生かして、農業関連の市民団体で活動する計画です. 北朝鮮の農業部門を支援する仕事をしたいのです.”

ファン・サンチョル記者
rosebud@hani.co.kr

ハンギョレ21 2000年 07月 06日 第315号 .

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