創造性と個性が強調される組織文化中に職級体系崩壊…
一方、無限競争と直結
“こんにちは. アイビズネット 2号です.”
“はい? 2号ですか….”
“はい。 2号 チェ・ジェヒョンです.”
“この会社には職級がないですよね?”
“そのまま、ただの2号です.”
インターネット
コンテンツ業者のアイビズネット職員は、外部業者の人々に会うときは、たびたび、こういう軽い衝突(?)を体験する.
‘社員, 代理, 部長’のような、伝統的な職級がないためだ.
この会社の職員には、単に入社順で付けた‘1号, 2号’という名称があるだけだ.
なんと、名刺にも、職級なしにそのまま‘2号
チェ・ジェヒョン’と記されている.
‘氏’は、不遜な呼称ではない
(写真/第一製糖
職員たちは、先後輩間でも'某様'と呼びながら、お互いに敬語を使う文化が生まれた)
“13号様、プロジェクトはうまくいっていますか?” “はい。 1号様”
このように、職員は、数字に‘様’を付けてお互いを呼ぶ.
職級はもちろん、名前を呼ぶ場合もほとんどない.
アイビズネットがこのような呼称破壊の実験をすることになったのには、真摯な理由がある.
代表理事格の1号 パク・ビョンジュ氏は“大企業に通っていた時期,
職級体系が組織を硬直させていると感じた”としながら、“ベンチャー企業の特性に合うように職級体系をなくして、誰でも容易に自己の意見をいうことができる風土を作ってみたかった”と、説明する.
こういう試みにもかかわらず、まだ、呼称は私達の社会で既存秩序と権威の象徴だ.
職場はもちろん、酒の席ですら呼称を一度間違ったら、大きな事態の変化にあうことうけあいだ.
何故、私たちには、このように呼称が重要なのか. 梨花女子大
韓国文化研究院長
ジョン・デヒョン教授は、歴史的脈絡にその原因を求める.
“昔から私達の社会には、呼称がそのままま‘人
それ自体’という通念が位置を占めてきた. 呼称の実体化,
神秘化現象だ.
封建的な身分社会が解体しながら、こういう観念はかなり弱くなった.
だが、年齢と職級による呼称身分制は相変らず生きている.”
しかし、呼称は今、アイビズネットをはじめとする一部ベンチャー企業等で、様子が徐々に変わっている.
慣習化した‘呼称身分制’が崩壊しつつあるのだ.
広く知られるベンチャー企業のダウムコミュニケーションも、さる1月から職級制度を廃止して職能型呼称を導入した.
新しい名刺には‘デザイナー’‘インターネット
リサーチ’等、自身が受け持っている職能だけが載っている.
大企業のように一プロジェクトに多数が関わって行うような仕事ではないベンチャー企業の特性上、職級制度が不合理だと判断したためだ.
意志決定の迅速性と合理性が生命のベンチャー企業には、職能文化がより適しているということだ.
また, 彼らは、会社内でお互いを‘呼びたいとおり’に呼ぶ.
名前に‘先輩’や‘様’を付ける場合は減っているが、‘氏’を付けるのが最もよくある.
PRプランナー
ジョ・ウンヒョン氏は、“‘誰々氏’と呼ぶのも、元来は尊称語”とし、“こういう方法の呼称を軽視する社会的な雰囲気が、むしろ、より異常だ”と話す.
職能型呼称を導入した後, 仕事に対する責任感も大きくなった.
だが、営業上の不便も体験している.
ジョ氏は、“事業パートナーの大企業側では理事級が出てくるのに,
こちらからは無数の‘氏’たちが出てくることになります”としながら、“お互いを紹介する時、瞬間ぎこちなくなることもありますね”と苦笑いする.
それほど私達の社会で‘職級体系’の壁を壊すことは容易ではない.
ソフトウェア開発業者のハンディーソフトも、さる3月から職級体系を完全になくして、あらゆる職級を‘責任制’で単一化した.
今しがた入社した、新入社員から部長まで,
営業部署のあらゆる構成員は‘営業代表’と呼ばれる.
支援部署は‘広報責任’‘人事責任’のように、担当業務の後ろに‘責任’を付ける形式だ.
自身の業務領域がそのまま呼称になったのである.
この変化の最大の受恵者は、事務職女子職員. しばしば‘ミス
金’‘ミス
李’などと呼ばれてきた彼女たちが堂々と‘出納責任’などの職責名を持つことになる.
この会社のある女子職員は、“呼び方ひとつ変わったことにも、以前よりはるかに尊重されている感じです”と、好意的だ.
ある大企業の‘様’張り付け
この会社は、呼称破壊とともに年俸制を導入した.
職級や年次に関係なく、ひたすら成果によって評価を受ける米国式契約年俸制だ.
年初に定めた目標を超過達成すれば、途方もない成果給を受け取ることができるが,
仮に成果が目標に達することができなければ、年俸が削減されることもある.
一言で、適者生存の熾烈な競争方式だ.
このように、呼称破壊は水平的組織文化を持ってくることもあるが、一方では無限競争と直結する.
呼称民主化の裏面にかくされた、もうひとつの現実だ.
こういう趨勢を反映するように、大企業にも呼称破壊が始まっている.
第一製糖で、名前に‘様’を付けて呼んでいるのが、まさにその代表的な事例だ.
もう、この会社では‘部長様’,‘常務様’という声を聞くことはない.
上級者と下級者が、お互いを‘誰々様’と、統一して呼ぶようにしたためだ.
事実、この会社は、経営革新の一環として、昨年9月,
自由服装勤務制実施とともに、呼称破壊導入を検討した.
しかし、激しい内部反発が予想されて導入をためらったが、10月末に社内世論調査を実施した.
調査結果は意外だった. 役職員の37%が‘直ちに受け入れ可能だ’と
応答し, 48%は‘努力すれば受け入れ可能だ’と答えた.
積極的な反対は10%未満だった. 好む呼称としては、‘様’が48%で最も
高く,‘氏’が39%, ‘英文イニシャル’が5%の順だった.
結局、第一製糖は今年1月から‘様’呼称制を導入した.
実施後4ケ月が過ぎた今,
第一製糖の組織文化には相当な変化があった. まず,
新入社員であっても‘誰々様’と呼ばれるような所では、むやみにぞんざいな言葉使いをするのは難しい.
そうこうした後、お互いに丁寧な言葉使いをする文化が生まれた.
新入社員
リュ・ジョンホさんは、“若い人たちが理事級たちに‘誰々様’という表現を気兼ねなくよく使う”としながら、“むしろ、課長級たちが、その方たちに‘様’付けに面食らっているようです”と伝える.
原料事業部
パク・サンウ課長は、“ぼくの場合は、同じ部署のまさに上司に‘誰々様’と呼ぶのが最も難しかった”と吐露する.
しばらく第一製糖
社内通信網掲示板には、‘なぜ、私たちの部署の上司は‘様’を使わないのか’という抗議文がたびたび上がってきた.
また、‘協力業者職員にも‘様’をつけよう’という提案が受入れられて、いまは一般化した.
お互いの名前を暗記するようになり、親しみが増加したことも、予期できなかった成果のうちのひとつであった.
“権威と画一から抜け出せば、10年は先んじるようになる”という第一製糖のモットーは、現在、企業が直面する現実と、その打開策をよく見せている.
しかし、このような呼称破壊の必要性を痛感しながらも、多くの大企業は‘韓国的な情緒’を理由に導入を迷っている.
三星SDSがその代表的な例だ. さる3月13日、代表理事が“全てのものを変える”と宣言した後、この会社はしばらく落ち着かなかった.
その革新の範囲に‘呼称破壊’が含まれるかどうかが問題だった.
はじめは肯定的に検討されていた呼称破壊は、3月21日に発表された‘経営革新案’から結局除外された.
三星SDS
キム・ビョンジュ広報課長は、“外部業者と接触する時に問題が生まれると判断され,
組織内の規律も心配になった”と、霧散の理由を明らかにする.
また、“韓国社会では、ローンを組むにも職級が必須ではないか”と、彼は付け加える.
社会全体の雰囲気と制度が共に変わらない限り,
企業の呼称破壊もむずかしいということだ.
今年3月に‘誰々様’という呼称制を導入することにしていた双竜情報通信も、時期尚早と内部の反発などを理由に、結局、呼称破壊を先送りした.
しかし、双竜情報通信 広報課
パク・ジュンホ代理は、“長期的には呼称制度まで変えるということが目標”と、明らかにした.
呼称が労働柔軟性を害する?
(写真/位階と権威が深くしみこんだ話を学んで育つことになる子供たち.
創意性を抑圧する言語構造を変えるべきだ) 
呼称制度に対する、このような問題提起は、学界でも粘り強く提起されている.
昨年9月、国語文化運動本部の主催で開かれた‘国語と企業経営’懇談会で、インハ大
経済通商学部
ジョン・ムンス教授は、“韓国語で最も前近代的な要素は、まさしく呼称”とし、“これをもう少し水平的に単純化しなければ、企業を含む私達の社会全体が途方もないつけを払わされることになる”と展望した.
韓国放送通信大 経済学科
パク・ドクジン教授は、現在の職級制が社会環境の変化に合わないと指摘する.
彼は、“一度入社すれば、終生勤めていた時には年貢序列にともなう職級制が適合していた”としながら、“転職が日常化している最近では、職級にともなう呼称制度が労働柔軟性を害する”と主張する.
年を重ねた人が必ず上級者になるというわけでもない現実から、‘呼称’や尊敬じみた言葉のために、新しい職場を求めることを敬遠するようになるという
話だ. さて、就職しても適応するのが難しい場合が多い.
国語文化運動本部は、こういう問題を解決するために、新しい呼称と水平的な語法の導入を提案している.
新しい呼称は‘姓+ 様’ あるいは ‘姓+
氏’で統一しようということだ.
水平的な語法は、お互いに敬語を使う方法とお互いぞんざいな言葉を使う方法があるが,
既成世代の文化的抵抗を考慮し、前者がより適合するようだということが、国語文化運動本部の考えだ.
果敢に呼称に潜む権威を破壊して,
ぞんざいな言葉を導入した教育現場もある.
共同育児組合が運営する子供の家で、子供たちは、先生という尊称の代わりに、‘コアラ’‘玉ネギ’のような仇名を呼ぶ.
そして、お互いに遠慮なくぞんざいな言葉を使用する.
教える人と学ぶ人が区別されることなく、お互いに教えて習うという、彼らの教育理念のためだ.
“先生、なにをしているのですか?”の代わりに“玉ネギはなにをしてるの?”
こういう言葉が自然に使われる.
このような環境で育つ子供たちは、自己論理がはっきりしていて,
おとながどんなに強圧的に対しても、自らが納得しないと変えようとしない特徴を見せるらしい.
しかし、大部分の子供たちは、相変らず位階と権威が深くしみこんだ話を学びながら育っている.
国語文化運動本部のナム・ヨンシン会長は、“私たちの言語構造は、幼い世代を既成世代に常に従属するように作る構造”と、指摘する.
大部分のおとなは、子供達が幼い時はぞんざいな言葉を使うように放っておくが、やがて、ますます尊敬じみた言葉使いを強要するようになる.
そうして子供たちの頭の中に二重構造が形成され、なんでも思いつくままに話すことができず、度々言葉を飲み込むようになるということだ.
結果的には、創意性が抑圧されるしかないという主張だ.
“地位意識は世代にひどいことをしている”というのが、ナム会長の痛嘆だ.
少しずつ変化する公務員社会
いろいろな組織の中でも、変化が比較的遅い公務員社会にも、呼称変化は少しずつ起きている.
昨年5月、ソウル市庁インターネット掲示板に上がってきた、‘どうしても、ミス・リーになりたくない’というタイトルの文が、その契機であった.
ソウル市 大気保全課 李ジョンソンさんが
‘ミス・リー’という呼称が不快だから、使用するのをやめようという文を掲げた.
コ・ゴン
ソウル市長は、即刻“女子職員が気分を悪くするなら、‘ミス’という呼称を使うな”と、指示した.
李さんは“今では、市庁職員は大部分が‘李ジョンソンさん’という呼称を使う”という.
“まだ、市民の中には‘ミス・リー’と呼ぶ人が多い”としながら、この点も改善しなければならないと付け加える.
このように、広範囲な変化の事例にもかかわらず,
相変らず‘呼称’は、かたい権威と位階の象徴として残っている.
上の人には極端な尊称を使うほど,
下の人には自然にぞんざいな言葉を吐くのが美徳と見なされる風土は相変らずだ.
しかし、急変する社会的環境は、新しい語法を要求している.
垂直的組織文化から水平的意志疎通構造への変化.
‘呼称破壊’は、こういう現実の反映だ.
シン・ユンドン記者
syuk@hani.co.kr
ハンギョレ21 2000年 04月 13日 第303号 .
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